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04 (第24回の4)
宮本茂と糸井重里「ピクミンをめぐる対談」その4
ホンモノらしく、の裏側。
 
 
darlingと、任天堂の宮本茂さんの対談の第4回目です。
前回に続いて「言葉」であらわすということについて、
そして、“ホンモノらしく”つくるための
創作の方法論を語ります。
“アニメ界の巨匠のはなし”も、出てきますよ!

 
 
糸井:
ピクミンって、敵と「戦う」わけですよね。

宮本:
んー、別に「戦っている」わけじゃないんですよね。
目の前にあるものにたいして、対応しているだけなんです。
目の前のものにたいしては、ひとつの対応しかしていない。
「弾を撃てば敵に当たって死ぬ」とか。


糸井:
そうか、そのことで、ぼくが、言葉の使い方として
興味があると思ったのが、
ゲームの中の「戦う」という言葉なんです。
これってね、プログラム的に単純化すると
ある瞬間の1と0が発生してるということの集積ですよね。
最終的な、いちばん小さな単位はね。
それを組みあわせていって
「ダメージを与える」という形になり
あいまいにしていくと「戦う」ということになっていく。

 
宮本:
そうですね。
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糸井:
それが、より「あいまいな言葉」で
やりとりができるようになったのがピクミンなんです。
それって実は、
とても高度になったってことですよね。
「ツーといえばカー」というのって、じつは、
その中で交わされている情報量というのは、
ものすごいじゃないですか。

「ん」と言ったらお茶が出てくる、というのは、
「ん」の中に、すべての情報が入っているわけです。
お茶っぱを茶筒から取って……というところから
ぜんぶ含まれている。
そうなっていく、というのが一番自然なことで
宮本さんはそれを当たり前のようにやろうとして
できるようになったんです。
ピクミンがそうなんです。
ピクミン一個ずつがAIですよね。
ハードが進歩することって
たいした問題じゃない、
って思いたがっていたんですが……、

宮本:
けどね、ピクミンはやっぱり、
これくらい(ゲームキューブ)の
性能がないとできないんです。

ファミコンでは「できないですよ」、
と言われて終わりなんで。

単純なことを大量に処理できるようになってきたというのは
ピクミンがたくさんいる、ということだけじゃなくて
敵として待っててピクミンを食うだけじゃない、
いろんなことをしているやつがいたら、
そういうのが個々に動いているのだって
処理時間がかかってくるし
そういうのは、たぶん、昔の機械では、できないですよね。

 
糸井:
そうですよね!

そんなふうに技術が進化したなかで、
宮本さんがゲーム作りのチーム、現場で
どんなふうにリーダーシップをとっているんだろう、
ということに、とても興味があるんです。
宮本:
“敵と戦う”ということを例に言いますと、
自分がゲームを始めたときに、
敵っていうものがいるということが
ゲームのお約束ですよね。じゃあ、
敵がいないゲームはつくれへんのか?
どうして敵がいなあかんのか?
というところから、
ぼくのゲーム作りは、始まってるんです。

糸井:
ええ。


宮本:
どうしてもステージクリアというものがないと、
ゲームにならへんからって、
その「かたち」のほうを、大事にするんですよね、みんな。
ストーリーはあるんですか?
ステージはいくつあるんですか?
アイテムは?
という文法が、ゲームの中にいっぱいある。けど、
そういうことじゃなくて、もっと単純なことを
みんなが繰り返していたら、
その結果が遊びになっている、というのが、
ぼくの理想なんです。
だから、いま流行のゲームをつくろうとするのとは
逆のほうからつくる、ということを
現場ではいつもチャレンジしているんです。
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糸井:
単純なことの繰り返し、かあ。
宮崎駿さんの映画を思い出しました。
「千と千尋の神隠し」、
人間の視野を越えて宮崎さんが描いてますよね。
見逃すに決まっているところを、
ぜんぶ動かしているんですよ。
映画館の、右側で見ている観客と、
左側で見ている観客との視野のズレがあるから
シネスコの画面を
全部把握できないままに映画が終わるんです。
その無意識のいらだちって、あるんです。
だから、また見たくなる。
ほかの人は違う情報をかかえて、映画館から帰るわけですよ。
だから、「あれよかったね!」って言われたら
「ああ、よかったね!」って言うんだけれど、
そこには、見る人によって、違いがあるんです。
 
宮本:
それは「故意」ですか?

 
糸井:
「故意」なんです。
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宮本:
やっぱり。

 
糸井:
宮崎さん、「もののけ姫」の次はなにかといったとき
全部ロジックで考える人ではないから
「全力でものをつくる」ということを考えたと
思うんですよ。
建物ひとつにしたって、
任天堂の建物がなぜこんなに四角いかっていったら
「四角い」という言葉に直したいからだと思うんです。
でも宮崎さんは建物をつくるにしても
どういう建物なのか“言えない”形にしていますよね。
だから、いつでも情報が、作り手の側に多くて
受け手の側に少ないんですよ。
「千と千尋」は特に。
全員が、全部を、わかりっこない! て思えたのが
宮崎さんの自信だったと思うんです。
お客さんは、それに見事に乗って、
「その遊びに参加させて!」っていう気持ちになる。
ただ、かわいそうなのは、2Dのアニメーションというのは
全部を描き込んでおかないとならない(笑)。
でもピクミンは、プログラムを一度組めば、
自由に動いてくれて……
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宮本:
これ、ラクなんですよ。ほんとうに。
前に宮崎さんにこう聞かれたんです。
「ホンモノらしく見せるには
 どうしたらいいかわかりますか?」
って。わかりません、ってこたえたら
「一生懸命描き込むことです」
って! 上手に描くというより、細かいところまで
描き込んでいくことで、ホンモノらしく見えるんだと。
 
糸井:
宮崎さんと宮本さんの間では、
そういう会話が、ずっと続いてるんだ!

 
宮本:
だいぶ前ですけれどね。
背景を描いてはるときに、聞きました。
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糸井:
クレイジーなまでの仕事量を封入することが
オーラを出すことなんですよ、あそこ(ジブリ)は。
以前、ほぼ日に書いたんだけれど
映画の仕事が始まると、
宮崎さんは朝の9時に出勤して
2食ぶん入った弁当を持ってきて
弁当の時間は5分。
朝の5時まで、一切口もきかずに
仕事をしているんですって。
ほかの社員がちょっと外に出ていこうとするのを
防ぐために、出口のそばに、
ジャマになるようにいるんだって!
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宮本:
(笑)

 
糸井:
風邪引くと、怒るんだって!
それを、ぎゅうううううっと凝縮させていく。
宮本:
そうか、見習わなあかんな(笑)。
いや、ぼくも、言うんです、
「宮崎さんのところはたいへんだよ」って。
すごいものをつくるチームというのは、
最後は “やってられるか!”っていうところまで行くんだよって。
でも、その“やってられるか!”っていう仕事が
世の中に残っていくんだよ、って。

 
糸井:
「うれしいだろう?」ってことなんですよね。
 
宮本:
そういうふうに説得に使うんですけど(笑)。
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糸井:
宮本さんは、だから、宮崎さんからしたら、
遊び人、ですね。
いいなあ、ああやって仕事できて、って。
オレは、宮崎さんから見たら「ぶらぶらしてる人」。

 
宮本:
うわははは(笑)。
ぼく、出口に座って邪魔する、
っていうのだけ、してますよ(笑)。
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糸井:
してるじゃないか!(笑)
体質的に、「いいものをつくる」ことに集約させる人は
絶対、そうなるに決まってますよね。
それって、悲しいことに、一過性のものになって
倒れてしまうんですが、宮本さんのところは、
“遊び”の成分があるから、
倒れずに人が育っていくんですね。
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次回に続きます!
2002-05-10
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