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アコンカグアへ出発しよう!
石の番人
「花‥‥じゃん?」写真家は、むっつりした岩の塊に話しかけてみた。標高はまだ3000を越えたあたり、足元に小さな高山植物が生えている。返事など、期待していない。なにしろ、石の番人。この山を、人はそう呼ぶ。いかにも融通が効かない。実際、あたりはひどく乾燥し、猛烈な勢いで風が吹きつける。名も知らぬ花だけが、精一杯の愛想で写真家を迎えるのみ。それだって、あと数百も登れば、いっさいの植物が姿を消すだろう‥‥。やがて、6962M。その高みから、写真家は、沈みゆく太陽を眺めている。天の玉座は1億5000万キロ彼方に立つ人間のこけた頬にまで、微かなあたたかみを届けてくれる。奥歯の疼痛は、束の間、感じなくなっていた。彼はいま、南米でも最も高い頂に立ったのだ。「あと、ふたつ」単独行では、つい、独り言が多くなる。「‥‥その前に歯医者歯医者」
2011-11-28-MON