NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第61回 夜の遊園地で少年と

遊園地はすっかり闇に包まれていて、
だからこそあちこちにこっそり配置された
色とりどりの光源が幻想的な模様をあたりに投げる。
スピーカーはもちろん見えない場所にあるのだけれど、
どこにいようとも陽気な音楽を行く人の耳に届ける。
千葉と東京のあいだにある
世界一有名な遊園地の
とあるアトラクションに並んでいる僕は
なぜだか4歳になる少年の手を引いているのである。

大勢の知り合いといっしょにここを訪れて、
食事をとるためにぞろぞろとみんなで移動していたのだ。
僕は彼の頭を無言でくしゃくしゃと撫で続けていた。
4歳の彼の髪はやはりとても細くて柔らかで、
くしゃくしゃと撫でながら追いかけると
愉快に全力で逃げ回る。
それでも負けずに追いかけ回していたら
彼は僕に「さわり怪獣」という蔑称をつけた。
なかなか悪くない呼び名だ。

みなはレストランを目指して歩いていたが、
4歳の彼は唐突に「乗りたい乗りたい」と言い出した。
見るとピンクの貝殻を積み重ねたような城があり、
その横でこれまた非現実的な乗り物が
ごうごうと音を立てて走っている。
真っ黄色の貝殻のような車両が連なる、
短めのジェットコースターのようなアトラクションだ。
これはたしかに乗りたかろう。

それでぼくは彼とその幻想的な乗り物に乗ることにした。
4歳の彼は好奇心に満ちていて
少しばかりお母さんと離れても泣きわめいたりしない。
お母さんから自分のチケットを手渡されたことも
彼を勇気づけた一因かもしれない。
僕は彼の手を引いてアトラクションに向かうが、
いま自分の手を引くのが誰なのか
少年はほとんど気にしていないように思えた。

彼の名前はイチという。

閉園を数時間後に控えていることもあって、
アトラクションを待つ人の姿はまばらである。
短い列に並んでわずかに待つと、
すぐさま僕らは列の先頭となった。
つまりつぎが僕らの番である。

思い立って肩掛けのポーチを開き、
テレコのスイッチを入れてみる。
回り出すテープは
夜の遊園地にどこからともなく響く音楽と
テンションの高いイチの声を記録し始める。

イチ 手をね、はなさなきゃ、だめなんだよ。
インストラクターのお姉さんが、
降りるときはセーフティレバーから
手を離すようにしきりとアナウンスしているのだ。
永田 イチ、怖くない? けっこう、速いぜ?
イチ こわくなーい、よ。
永田 そう?
正直言うと、
僕はあまりこういった乗り物が得意ではない。
こういう機会でもないとまず乗らない。
何があろうとご免こうむるというわけではないが、
乗ろうぜ乗ろうぜと率先して口にすることはまずない。
いわば僕はジェットコースターに対して受動的である。

真っ黄色の車両が到着し、
先客が降りるとイチはものすごい勢いでシートに滑り込む。
慌てて僕もあとを追うが、
少年ときたら勝手にセーフティレバーを下げてしまうので
「さわり怪獣」は哀れレバーに挟まれてしまった。
待て待てと僕は叫ぶが少年は知らん顔である。

ガスンガスンと黄色い車両は動き出す。
角度の急な坂道をゆっくりゆっくり上り出す。
たいした高さではないが、いやな雰囲気だ。
ジェットコースターがわざとらしく沈黙する。

頂点から地へ向けて車両が滑り落ち始めると、
元気な少年もさすがに無口になる。
思わず4歳の彼に親近感を覚える僕である。

コースターは右へ振られ左へねじり、
ほとんど真横になったりしながら
僕とイチをぎゅうぎゅうと締め上げる。
本格的なアトラクションではないから
ひっくり返ったり回転したりはしないけど、
しかし、その、意外に、ちょっと、怖いですね。

子ども向けのジェットコースターは
決められたコースをあっという間に回り終える。
ドギャンバキャンと派手な音を立てて
車両はホームにぎくしゃく止まる。

放心する僕とは対照的にイチはすでに冷静で
セーフティレバーが上がる瞬間には
両手をパーにして大げさにレバーから手を離している。
「セーフティレバーから手を離してください」と
お姉さんがしきりにアナウンスしているのだ。

そしてレバーが上がると彼は突然駆けだした。
何を思ったか、ホームの端でアナウンスする
お姉さんに向かってまっしぐら。
そしてそこでピタリと止まりこう叫ぶ。
イチ チケットありまーす!
いやいやいや、イチ、必要ないから、チケットは。
なんだか知らないがすいませんと謝る僕である。
お姉さんはにこにこ笑っている。

ようやくアトラクションの外に出て、
さて、と思っているとイチはすでに
つぎなる方針を打ち出している。
イチ やどかりに乗る!
それがなんなのか僕は知らないが、
それがなんなのかイチは知っているらしい。
半信半疑のままに引っ張られていくと
ほんとにそこにやどかりが現れる。

つまり、やどかりをモチーフにした
メリーゴーランド風のアトラクションである。

あまり怖そうではないが、
けっこうな速さで
ぐるぐるぐるぐる回っているのが気にかかる。

イチに引っ張られながら入り口のほうへ歩いていくと、
お姉さんが集まった子どもたちにクイズを出している。
お姉
さん
はい、乗り物の真ん中に
やどかりさんがいるんですけど、
手に持ってるものはなんでしょうか?
集まった女の子たちが考え込む。
お母さんに質問する子もいて
場がざわざわする。
ところがイチは考える素振りもなく大声で答える。
イチ ぼーえんきょーーー!!
お姉さんは苦笑いしながら
「はいそうです」と答える。
イチ ね? ほら、ぼーえんきょー!
永田 なんで知ってんの?
イチ あのね、さいしょ、ひとつ行ったから。
永田 え? ああ、乗ったことあるの? 2回目?
イチ 2回目!
永田 まえに乗ったときに見てたんだな。
イチ

うん。これはさいしょ見えなかったんだけど、
はじっこは、こうやってて、
カエルがこうやってて、
これ見てて、カエルが出てて、
カエルがいっぱい出てて、
これは、見なかったの。

永田 見なかったのか!
なにがなんだかわからない。
そういったところが少年の少年たるゆえんである。

やどかりメリーゴーランドはずいぶん空いていて、
ほとんど待たずに僕らはそこへ乗り込む。
「それでは、やどかりさんとのドライブを
 お楽しみくださーい!」とお姉さんのアナウンス。
なんともカリブな雰囲気の音楽が軽快に流れ出す。
そしてやどかりは、ぐるぐるぐるぐる回り出す。
永田 ぐるぐる回るぞーーー。
イチ ……。
永田 おお、はやーい。
イチ ……。
永田 けっこうはやいねーーー。
イチ ……。
永田 イチ、だいじょぶかー。
イチ ……。
アトラクションが動くとき、4歳の彼は無言である。
気を遣って話しかけていた僕だったが、
あんまりぐるぐるぐるぐる回るもんで、
しだいに無口になった。
降りるころにはややぐったりするほどだったが、
4歳の彼は降りると元気になるから不思議である。
永田 ど、どうだった?
イチ すごい!
永田 すごいか。
イチ こんどはナニ乗ろっかなー。
永田 まだ乗るか。
イチ じゃあ、もっかい乗ろう。
永田 もう一回乗んのか!
イチはおかしな歌をうたいながら
もう歩き出している。
慌てて僕も追いかける。
手を取って、並んで歩く。
永田 おいおい、そっち危ないよ。
イチ ばか。
永田 誰がばかだ!
イチ ふふーん。ばかちん。
永田 おまえがばか。
イチ おまえがばかちん。
永田 おまえがばかちん。
イチ おまえがばかちん。
永田 しょうがない、オレがばかちんだ。
イチ しょうがない、オレがばかちんだ。
永田 イチがばかちんか(笑)。
イチ あ、あれなに? 葉っぱ?
永田 葉っぱ? どれ?
イチ なんでもない!
永田 なんでもないのか。
イチ はやくいこ!
永田 おーい、そっち落ちんなよー。
イチ 落ちたら、穴が空いちゃう?
永田 落ちたら、穴が空いちゃうよ。
イチ いち、に、さん、って数えて。
永田 ん? 「いち、に、さん。」なにこれ?
イチ いち、に、さん。そのつぎはね、ごになるんだよ。
永田 なんで! よんは!
イチ あっ、あっ、よんになるんだよ。そのつぎがご。
永田 そうそう(笑)。
そのようにして僕らは過ごし、
再びやどかりのメリーゴーランドに乗り、
降りると今度は最初のジェットコースターにまた乗った。
つまり、2種類のアトラクションに2回ずつ乗った。

すると彼のお母さんから電話があって、
僕とイチはイチのお母さんに会うために
てくてくと移動することになった。
道中、「飛行機をやってくれ」というので
小さな彼を担ぎ上げた。
彼は僕の真上で両手を広げて「ひゅいーーー」と言った。

下ろして再び手を引くと、
やや唐突な感じでイチは言った。
イチ ね、なまえなあに?
永田 名前? オレの? ながた。
イチ ながた?
永田 ながた。
イチ ヘンななまえ。
永田 変じゃないよ。
イチ 変ななまえ!
永田 あ、このへんで待ってればいいんだよ。
イチ じゃあ、遊んでよっか。
永田 うん。遊んでよっか。

しばらく大きな岩の上に乗せたりして遊んでいると、
向こうから彼のお母さんがやってくるのが見えたので
小さなイチを担いでゆっくり近づいて行った。
イチは僕の真上で両手を広げて「ひょーーー」と言った。

遠くで、イチのお母さんが、やや大げさに手を振った。
そこへ向けて走っていく少年の小さな背中。



2003/06/05 浦安

2003-06-08-SUN

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