NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第53回 神妙な喫茶店

指定された時間通りに新宿に着いた僕は、
先方へ確認の電話を入れたあと
その人の待つ喫茶店へと向かった。
階段を上って自動ドアをくぐると、
その人の姿をすぐに見つけた。
けれどその人は前の取材がまだ終わっていなかったため、
僕は通路を隔てた隣の席に座って
しばらく待つことになった。

ここへ来た経緯は数日前へさかのぼる。
千葉に住む妹が珍しく相談してきたのは、
年末に誕生する予定の男の子の名前に関してである。
つまり僕の甥っ子ということになる。
妹夫婦の絞り込んだ名前は三つあった。
しかしそこからが決めかねた。
母と相談したが画数の解釈などで意見が分かれたという。

兄としてはそこへずばりと説得力のある答えを
提示したいところであるが、
妹が頼りにしているのはじつは僕ではない。

僕が編集に携わるゲーム雑誌には占いのコーナーがある。
そこでもう10年以上も占いを担当しているのが
日本占術協会の副会長でもある福田有宵先生である。
僕ごときが偉そうに紹介するのも恥ずかしいけれど
福田先生は古今東西の占術に造詣が深い。
しかしながら極めて親しみ深く、
昔から編集者の個人的な相談事に
気軽に乗ってくださったりする。
編集部内に怪我人が続けて出たりしたときなどは
方角を調べてお祓いなどしてもらったこともある。
いわば福田先生は編集部の守り神のような人なのである。

余談だが、過去に職場で重要な資料が紛失したとき
福田先生は「西側の引き出しにあります」と占い、
該当箇所を探したところ
見事にそれが出てきたということがある。
あるいは、雑誌の企画で
「次回の『ドラクエ』はどうなりますか」
と無理矢理に占いをお願いしたところ、
「主人公は漁師の息子です」と
じつにピンポイントな指摘をなされ、
数年後発売された『ドラクエVII』で見事に的中を見たため
ゲーム業界がやや震撼したということもあった。

以前に話した福田先生のことを妹は覚えていて、
決めかねる名前について相談してくれまいかと
僕に託したわけである。

福田先生は週に一度、この喫茶店で担当者を前に占う。
担当を通じて了承を取り、
その取材の終わりに僕はおじゃますることになっていた。
しばらく待つと取材は終わり、
担当者は「永田さん、お土産をお願いしますね」と
耳打ちして帰っていった。

お土産というのは福田先生が取材のたびに
編集部へ差し入れてくれるお菓子のことである。
それを受け取って編集部へ持ち帰ることも
占い担当者の重要な役割のひとつなのである。

席を移ると福田先生は
「お待たせしてすいませんね」と微笑んだ。
こちらこそすいません、と僕は恐縮する。
深い色のスーツにネクタイという出で立ちの先生は、
一見すると占術の権威には見えない。
白髪交じりで、穏やかで、小柄で、
メガネの下から柔らかく視線が届く。
相談事を抱えて前に座ってみると、
失礼ながら面倒見のよい親戚の叔父さんのように思える。
改めて経緯を説明し直しながら、
僕は手帳を取り出して開き、
記録のためにテレコを出して回す。

「まず、ご両親のお名前と生年月日、
 それから出産日ですね。ちょっと書いてくれませんか」

三つの名前を記したA4の紙にそれらを添えると、
福田先生は取り出したノートに
いちいち名前を写しながら画数を数えていく。
大切なことを確かめるように、
「いち、にい、さん、しい」と声に出しながら綴っていく。

そういった易や占術に関することを、
完全に信じ込んでいるかと問われると自信がない。
少なくとも、日常に始終意識するわけではないと思う。
けれど、そういうときに、そういう場面を、
何か新しい分野を学ぶように真剣に通過していくことが
僕は意外と好きである。
ちょっと違う例えかもしれないけれど、
宗教は意識しないが、神社に行くと真剣に拝む。
自分なりのささやかなジンクスを持っている。
枕の方角は気にしないが、初夢は覚えておかなくちゃと思う。
受け継がれてきた文化を尊重するように、
儀式や様式を場面場面で楽しむ性質を僕は持っている。
名付けるときに画数を気にしないという人がいても
まったくそれを否定しない。
けど、健やかな名前であるにこしたことはないと思う。

「示偏(しめすへん)の画数は五になります。
 略字であろうとも、本来の画数で数えないといけない。
 こういうものにも流派がありまして。
 私のほうは古典的なものなんですけど、
 最近の人は自分なりに解釈するものも多いですからね。
 それが本になったりするとね、わからなくなってくる」

文字を書き記しながら、先生は画数を数えるときの
基本的な約束を説明してくれる。
文字を見ながら僕はふむふむと真剣に頷いている。

「名前は一画違っただけでも吉と凶が変わってくる。
 たとえば、十一は吉、十二は凶、十三は吉、
 十四は凶、十五は吉、というふうになる。
 一違ったらたいへんな間違いになりますから」

福田先生は三つの名前を書き写し、
それぞれの漢字に画数を添えていく。
さらにその数を組み合わせて
格数と呼ばれる数字をいくつか導く。
わざわざ記していただいた注意書きよれば、
格数は、天格、人格、字格、外格、総格の5つがある。

「簡単に説明しますとね、
 画数というのはけっきょく四カ所を見るんです。
 天格というのは、あらかじめ与えられたものですから
 良い悪いはあまりないんです。
 ですから見るべきは
 名字と名前の関連ということになります」

三つの名前を検証し終わると、
先生は「ふーん」と言いながら
あっさりと名前の横に○と×を書いた。
○、×、×。

「この中では一番目の名前がいちばんいいですね」

先生はそれぞれの名前に対し吉と凶を説明する。
説明しながら慣れた手つきでそれを記してくださるので、
僕は安心してふむふむとうなずくばかりである。

五行、格数、音、配列、字義といった
姓名判断の基礎の説明を受けて、
気がつくと1時間近くが経過していた。

「でもね、名前だけで答えを出してはいけないです。
 厳密にいえば、ほとんどの名前には欠点があります。
 完全な名前というのは少ないですよ」

最後に僕を安心させるようにそう言ったあと、
先生は懐から小さな手帳を取り出した。
長い月日の経過を感じさせる細長い手帳だ。
使い込まれたその手帳を先生はぱたぱたと繰る。
五角形と方角を指すような漢字が書かれている。
手帳を見ながら先生は
僕には意味のわからない易の記号をメモした。
そして古びた布の袋から
印鑑入れのようなケースを取り出す。

パチンとそれを開けると、
中から三つのサイコロが出てくる。

見たこともないサイコロだ。
色は動物の骨を連想させる白で、
角に柔らかさを感じるのは何度も投じられたからだろう。
ひとつはふつうの六角形だが漢数字が彫ってある。
残るふたつはたぶん正八面体で、
個々の面には、震、乾、巽といった文字がある。

先生は右手でその白い三つを握り、
ゆるく握ったままの拳を宙で左右に軽く振る。
手の中で揺られるサイコロが
からからと気持ちのよい音をたてる。
すっ、と静寂があり、
先生は握った右手を左胸のあたりに止める。
ささやかに下を向き、目を閉じて、強く短く集中する。
古びた喫茶店のざわめきの中に、
ぴんっ、と何かが張りつめるような空気が流れる。
思わず僕も息を止める。
グラスの触れ合う音がする。
携帯電話の着信音が鳴る。
商談らしき話し声と笑い声。
占い師はサイコロを握って目を閉じている。

劇的さを嫌うようなさり気ない解放とともに、
初老のその人は右手を斜めに払って勢いよく下ろし、
手のひらを机へ擦りつけるように、ぱっ、と開いた。
三つの多面体は机上に、だららっ、と広がる。
日常が一瞬だけ切り取られて神妙な空気が流れた気がした。
一連の動作は幾度となく繰り返された果てに
一切の隙や無駄が排除されてしまっている。
息を吸うと机上の空気はすぐに日常へ戻る。
自由に選ばれたサイコロの一面はてんでに上を向いている。
彼は自然の動きでそれらを書き留める。

幾度かそれが繰り返された。

「さあ、予定日ですがね、ちょっと伸びるかもしれません。
 伸びるといっても3日、長くて10日ほどです。
 お母さんはやや神経質になるかもしれませんが、
 今年は子どもに恵まれる年ですから問題ないでしょう。
 自然分娩で生まれると思いますよ」

すべての説明が終わって、
僕がひどくかしこまってお礼を言うと、
福田先生はそんな僕の緊張をほぐすように
「なかなかおもしろいでしょう?」
と言って笑った。

関係のない雑談を交わして席を立つときに、
福田先生は「ちょっと買い物に付き合ってください」と
言って僕を駅ビルの地下へ連れて行った。
そこは煎餅や団子を売っているお菓子売場で、
先生は慣れた感じでいくつかの袋を選ぶ。
編集部へ差し入れるお菓子である。
「みなさんで召し上がってください」とそれを託され、
いつもすいません、と僕は頭を下げる。
「それとね」と言って福田先生は何やら紙切れを見せる。

「福引き券だそうですよ。
 2回分ありますから、あなた1回引きなさい」

エスカレーターのそばで僕らは1回ずつ、くじを引いた。
箱から引いたカードには銀色の特殊な塗料が塗ってあり、
そこを削ると中から文字が現れる。
僕が削り取るとそこにやはり「ハズレ」の文字があった。

僕は、ちょっと不謹慎な好奇心でもって、
福田先生の引いたカードに文字が現れるのを待った。

先生がカードを擦ると、
そこには僕と同じ「ハズレ」の文字があった。
照れくさそうな先生は僕の好奇心に気づいたようで
「私、くじ運は悪いほうなんですよ」と笑った。

混雑する新宿駅の改札の前で僕らは別れた。
じゃあここで、と先生が背を向けると、
小柄なその姿はすぐに雑踏へ溶けて見えなくなった。



2002/11/26      新宿

2002-12-08-SUN

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