NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第48回 絶叫の会議室

日本が決勝トーナメント進出を賭けたチュニジア戦を、
会社の会議室で観ることになった。
ご存じのようにそれは平日の昼間だったわけだけれど、
「業務に支障なければ観戦してよし」
という許しが出たのだ。
しかも会場となる2階では、
有志社員がふたつの会議室をぶち抜いて
モニター3台を設置。
観たいやつは適当に集まりやがれということである。

当然のことながら僕にとって
チュニジア戦観戦は
自己の業務にまったく支障をきたさない。
むしろ観ないほうがよっぽど業務に支障をきたしてしまう。
そんなわけでさっそくモニターの前に陣取る。
ついでに、回りっぱなしのテレコをそのへんに置いておく。

部屋はすでに大勢の人が集まっていて、
どうやら多くの人の業務に支障がないようである。
さすがに青一色、という感じではないが、
ユニフォーム姿の人も何人かいる。
あくまで業務に支障をきたさない範囲ではあるが、
ビールを摂取している人も多い。
やあ、ずいぶん人が増えてきた。
ていうか満員じゃないか。

テープを再生してみると
テレビの大音量に混じって騒がしい声が聞こえる。
キックオフ直前の雰囲気がどうかというと、
意外にテンションは高くない。
どちらかというと、興奮を抑えているような、
まあ、いちおう集まったけどさ、という感じの
照れくささがあちこちに漂っている。

「え、ロシアが勝つとどうなんの?」
「2点差で負けなきゃいいんでしょ?」

そんなやり取りがテープには記録されている。
僕を含めてみんな、
無理して冷静に振る舞おうとしているように感じられる。

しかしキックオフのホイッスルが鳴ると、
そういった冷静さは見る見る薄れていく。
モニターに向かってさまざまなことが叫ばれる。

「よーし、よし、よし!」
「いいねー、いいねー」

稲本選手が最初のシュートを放ち、
場の雰囲気もますます熱を帯び始める。

「行け、行け、行け!」
「上がれ、上がれ、上がれ!」

だんだん選手に命令し始めるのがおもしろいところである。
そして徐々に意味不明の叫びも出始める。

「むぁっ!」、「やぅわっ!」、「くぉいっ!」

このあたりの奇声となると、
文字で再現することが不可能である。
チャンスのたび、ピンチのたび、
そのような奇声がしだいに増えていく。

僕の斜め後方で鳴る携帯電話の音をテープは記録している。
電話の持ち主は、電話に出たあとつぎのように叫んでいる。

「うん、うん・・・いまサッカー観てるからあとで!」

乱暴な応対ではあるが、
たしかにいま電話をかけてくるほうが
野暮だろうという気がしないでもない。
僕はというと押し黙ったままひと言も発しない。
ずいぶん緊張しているようである。
最初にテープに記録された僕の声はこうだ。

「・・・落ち着かないねえ」

それは、試合の流れのことなのか、自分のことなのか。
ともあれ、徐々にテープに記録された声もひび割れてきた。
観客はしだいにヒートアップし始める。
と同時に、コアなサッカーファンがときどき怒鳴り始める。

「中田があいてるよ、中田、あいてる!」
「サイド、サイド! 見えてねえっ!」
「じゃまだ、おまえ!」

コアなサッカーファンの怒りに満ちた名台詞を
ひとつ挙げるとしたらこれだろう。

「なんで、そこに、いねぇんだよっ!」

そこに人がいるべきであろう、ということだ。
冷静に聞き直してみると興味深い台詞が叫ばれている。
もちろん、現場での僕はモニターに夢中なので
まったくそんなことには気づいていない。

一方、あまりサッカーに造詣が深くない人は
どうかというと、
こんなことを言っている。

「・・・これ、誰?」

どうやら柳沢のことらしい。
あと、惜しいチャンスのあとで誰かが
こんなふうに叫んでいるんだけど、
この人もきっとサッカーに詳しくないと思う。

「おお、かっこいい!」

何がどうかっこいいのかわからないが、
日常において何かの物事に対して
純粋に「おお、かっこいい!」って叫ぶことって
あんまりないような気がする。

奇妙な叫びはどんどん続く。
印象的な言葉を断片的に並べていこう。
まずはチュニジアに深く攻め込まれて大ピンチの場面で。

「こわい、こわいこわいこわいこわァぁああああっ!」

これはまたずいぶん怖がっている。
続いて、中継するアナウンサーが
「この選手はブラジルからチュニジアに帰化した選手です」
と言ったのを聞いて、こんなひと言。

「そんなのありかよ!」

気持ちはわかるが、ずばり、ありである。
続いて、声を聞くだけでは
ピンチの場面だかチャンスの場面だかわからないのだけど、
こんな絶叫が記録されていた。

「いやぁ、それはない、ないないないないっ!」

いったい何がないのだろうか。
状況がよくわからないものとしてはこんなのもある。

「でかっ、でかっ、でかっ!」

おそらくチュニジアのディフェンス陣は背が高すぎる、
と主張しているのではないかと思われる。
連呼するタイプの叫び声としてはこういうのもあります。

「キーパー、キーパーキパキパキパキパっ!」

こうなるともう呪文に近い。
あと、よく聞き取れない叫び声として印象的なのがこれ。

「ごるばってきよぉ!」

すごく気になるので何度も聞き直したけど、
何度聞いても「ごるばってきよぉ!」としか聞こえない。

さて、奇声が轟きまくるなか、
両チーム無得点のまま前半が終了。
トイレにタバコに、多くの人がぞろぞろと部屋を出る。
ハーフタイムの雑談としてもっとも印象的な言葉がこれ。

「いやあ、御社でなら、きっと観戦できると思いまして」

どうも場違いなスーツ姿の人が混じってるなと思ったら、
よその会社の営業マンだったようだ。
勤務態度はさておき、マーケティング能力は一流である。

さあ、後半だ。
ホイッスルが鳴ると同時に、なんと全員が拍手する。
キックオフのときは明らかにテンションが違う。

さて、試合の経過のほうはみなさんご存じだと思うので、
いよいよあの場面を再生してみよう。

後半3分。
森島選手の鮮やかな先制ゴールだ。

その場面は誰かの「よしっ!」に始まる。
そのあと「うぁああああああ」といううねりが続き、
ほんの少し、間が空く。
たぶん、それがゴールへ向かって蹴る瞬間なのだと思う。
そして直後にものすごい声の束だ。
おおおあおあおあおあおあおあおあ、という絶叫だ。
総立ち、拍手、上がる両手。

ちなみにその場面、
僕の斜め前に座っていた大のサッカー好きは、
こらえきれず前方へ走り出した。
そして狭い室内を縫うように丸く走り、
向こうから狂喜の表情でこっちへ駆けてきた。
僕は両手を天井へ突き上げた状態だったが、
そこへやつが突っ込んできたとしたなら、
これはもう、彼を抱きしめるしかないのである。
こう書くと気持ち悪いかもしれないが、
現場では気持ち悪いどころか、
そこへいろんな人が抱きついてきて歓喜の輪ができた。
「すげー」、「もりしぃぃ」とさまざまな絶叫。

画面にはゴールのリプレイ。
それを観ながらまた大拍手。
さらにゴールのリプレイ。
そしてまた拍手。
たったいま観たばかりの場面なのに、
いちいち息を飲んでゴールするたびに拍手する不思議。

ふと興味をおぼえて、僕は録音されたその場面の長さを
ストップウォッチで計ってみた。
あの興奮は、どのくらいの長さだったのだろうか?

1分? 20秒? 3分?
まったく見当がつかない。

最初の「よしっ!」という声から計り始め、
2度のリプレイを観て大拍手が起こり、
最後に誰かが「最高!」と短く叫ぶまでを計った。
そのあと誰かが「ここ集中!」と叫ぶので、
便宜上ゴールの熱狂を「最高!」までとする。

結果は、50秒16。
長いようにも感じるし、短いようにも感じる。

ちなみに2点目、中田英寿選手のゴールでは、
熱狂の持続時間は37秒49。
最初のゴールよりは若干だが我に返るのが早い。
具体的に言うと、
2回目のリプレイの最中に場は落ち着きを取り戻している。
しかしながら、もちろん2点目のゴールが
熱狂を呼ばなかったわけではない。
その証拠というわけでもないが、
中田選手のゴールの直後、こんな言葉が
喜びを噛みしめるように
僕の前方でしみじみと叫ばれている。

「・・・待ってたよ、中田ぁ!」

いいなあ、これ。うれしそうに言ってるんだよな。
誰だろな、言ってるの。
さらにそのすぐあと、とある女性社員がこう叫ぶ。

「見逃したぁー、悔しぃいいい」

どうやら、トイレに行っていたようである。

さて、いよいよ試合は終盤である。
残り時間はほとんどない。
時間的に言っても、勝利は間違いがない。
ところが、観る僕らときたら、
そういう状況にあまり慣れてない。
ホイッスルが鳴るまで我慢するべきなのか、
いますぐ素直に喜んでいいのか、
どうにもうまく振る舞えない。
全員がそんなふうに感じてジリジリしていたら、
多量のビールを摂取した社員が
感極まってつぎのように叫んだ。

「ひぃやぁ〜、これ、勝っちゃうなっ!」

個人的にはこの奇妙な勝利宣言が、
本日いちばんの名台詞であったように思う。

つぎも彼がこの台詞を口にできますように。
いや、ホントに。

試合終了のホイッスルは、
全員の雄叫びのせいでほとんど聞き取ることができない。
テープの最後にものすごくテンションの高い
「ニッポン!」コールが7回繰り返されたことを記し、
会議室からのレポートを終わります。
思ったとおり、
観戦は業務にまったく支障をきたしませんでしたが、
席に戻るとやや声が枯れていました。




2002/06/14        若林

2002-06-18-TUE

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