NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第37回 テレコマン、宇宙へ行く 〜その1〜

断言すると、
世の中には2種類の人間がいる。
すなわち、
宇宙に興味のある人間と
宇宙に興味のない人間である。
明らかに僕は前者であって、
なかばそれはミーハーじみているといっていい。

自他共に認める文系人間である僕は、
サインコサインタンジェントのあたりで
すっかり公式や定理を諦めてしまった過去を持つのだが、
「光の速度は一定である」とか
「絶対的な時間は存在しない」とか
「銀河系の集まりを銀河団と呼ぶ」とか言われると
無条件で受け入れてうっとりしながら
夜空を見上げてしまう。
ああ、冬はオリオン座が綺麗だなあ。

今日の僕は張り切っている。
過剰なくらいに張り切っている。
なぜというに宇宙の取材に行くのだ。
それを祝福するがごとく、
ものの見事に晴天なのだ。
雲ひとつない青空なのだ。

以前、ちらっと書いたことがあるけれど、
中学時代の友人のひとりが宇宙開発事業団に勤めている。
それで、ある日彼に会ったとき、
まあ途中のうだうだした話は省略するけれど、
けっきょく僕はこう言ったのだ。

「なんとかして宇宙に行く方法はないものか」と。

飲めない酒の勢いを借りて、
僕は彼に宇宙に対する熱情をぶつけたわけであるが、
当然のことながら酒の勢いというのは
本来そんなことに利用すべきものではない。
それはさておき、やつは驚くべきことを教えてくれた。
「じゃあ宇宙飛行士の募集にでも応募してみてはどうか」と、
そんなふうに言ったのだ。

これには僕も驚いた。
びっくりたまげて驚いた。
つまりいろんな表現を重複させるほど驚いたわけであるが、
なぜというに宇宙飛行士というのは
僕にとっていわば超人であったからだ。

想像する例を端的に挙げるなら、
幼少のころより宇宙飛行士として生まれ、
厳格な両親より宇宙飛行士としての英才教育を施され、
中学生にして他国の言語を諳んじつつ、
高校生にして彫像のごとき上腕二頭筋を持ち、
ヒューストンの人里離れた場所にある特殊な大学で
コンパもサークルもない禁欲的な学生生活を過ごし、
すごい速さでぶんぶん回る球体の中で歯を食いしばり、
ゼリー状の物質で満ちたプールから出たあとは
チューブからカレー味の宇宙食をひねり出して食す。
弱きを助け強きをくじき高いビルディングもひとっ飛び。
それが宇宙飛行士ってもんだろう、と、
ミーハーじみている僕は信じて疑わなかったわけである。

ところが、「公募」だって?

尋常ではないほど好奇心を刺激された僕は、
旧友を通じて取材を申し込んだ。
先方がどこかというと、もちろん宇宙開発事業団だ。
つまり宇宙を開発する事業団であって、
いわば宇宙の巣窟であり、
むしろ宇宙の直売店といって差し支えない。

ほどなくして返事が来た。
先方からのメールにはこうあった。

「浜松町の本社にて取材は可能ですが、
 よりプロジェクトに近い人間を望むのであれば
 筑波までお越しいただくことになります」

どうしますか、と聞かれて僕は即答した。
行きます行きます、筑波に行きます!

そんなわけで先方の指定は朝10時。
夜型の生活が染みついた体に鞭打って早起きし、
高速バスに揺られながら東京駅から1時間半。
雲ひとつない青空の下、
いままさに僕は筑波の地に降り立った。

バスから降りるとき、
「この1歩は僕にとって小さな1歩だが…」
などとつぶやいたかどうかはさておき、
広大な敷地の中、目の前にあるのは、
筑波宇宙センター!
いやっほう。
軽い感動とともにふと時計を見ると、
時刻はなんと午前9時5分。
ずばり言って、早すぎである。

なんせ移動はバスであるからして、
渋滞につかまったら大変だと早めに出たわけである。
遅刻でもしようもんなら宇宙に失礼だと、
亡きハッブル先生に会わす顔がないと、
こうするあいだにも宇宙は膨張していると、
僕は慎重にスケジュールを組んだわけである。

しかしながら、早すぎである。
あにはからんや、1時間待ちである。
まあ本屋か喫茶店で時間でも潰すかと考えたが、
そこは一面見渡す限り宇宙センターである。
道の両端に目を配ったところ、
コンビニひとつなさそうな気配である。

しばらくは筑波の空気を楽しむがごとく
うろうろしてみたが、
元来の花粉症でくしゃみが出るばかりである。

意を決した僕は、
宇宙センターへの突入を試みることにした。
宇宙といえども待合室くらいはあるだろう。
どきどきしながら正門へ近づくと、
赤い警棒を持ったおじさんが交通整理をしている。
どこからどうみても普通の警備のおじさんなのだが、
やはり宇宙関係者ということで
少しばかり尊敬の念を抱かずにはいられない僕である。

通るとき軽く会釈すると、
おじさんは僕に向かってサッと敬礼してくれた。
おお、宇宙のおじさんが僕に敬礼を。

正門の傍らにある小さな建物で受付を済ませ、
「早めに着いたので時間を潰したいのですが」
と受付のおねえさんに聞いてみる。
「駐車場の向こうに喫茶コーナーがあります」
と語るセミロングの髪のおねえさんは、
当然のことながら舞い上がった僕の目には
松本零士のヒロインのように見えているのだろう。
役どころとしては、メーテルというより
ガラスのクレアといったところだろうか。

ゴダイゴの往年のヒット曲を口ずさみながら
僕は駐車場を抜けて喫茶コーナーに入る。

入ってみて驚いた。
これはまた、
どこからどう見ても普通の喫茶コーナーである。
突き当たりに売店のカウンターがあり、
右手には社員食堂らしきものがある。
見ると1週間の献立が貼ってあり、
今日のメニューは鳥の照り焼きである。
鳥の照り焼き、かあ。
宇宙なのになあ。

がらんとした喫茶スペースにバッグと上着を置き、
売店でホットコーヒーを買う。
105円なり。
消費税、取るんだなあ。
宇宙なのになあ。

なんの変哲もないホットコーヒーを、ぐびりとひと口。
宇宙コーヒー、という安易なネーミングが
意味もなく頭をよぎる。

じっくりじっくりコーヒーを飲んで、
ゆっくりゆっくりタバコを吸って、
時計を見ると9時25分である。

暇にまかせて周囲をつぶさに観察する。
売店では、おみやげ用とおぼしき宇宙グッズを売っている。
ストラップ、置物、ボールペン、お菓子感覚の宇宙食……。
何か記念に買っていくかとも考えたが、
よく見ると、それらはすべて去年の夏、
開館間もない日本未来科学館に行ったときに
チェック済みのものばかりである。
宇宙ファンをなめてもらっては困る。

正面の壁にはロケットのポスターが貼ってある。
これはちょっとグッときた。
ドカンと打ち上げられているロケットの写真の横には
「H-IIA 2号機」とある。
「2002年 新たなミッションを担う!」とある。
なかなかお目にかかれるものではない。

食堂の反対側にはいくつか扉が並んでいて、
その中のひとつに「理髪室」とある。
俄然興味をそそられる施設である。
おそらく、宇宙事業に関わる宇宙関係者の方々が、
激務のかたわら訪れるのであろう。
やや伸びはじめた前髪を、近未来風の装置によって、
寸分違わずカットするのであろう。
にしては、ドアに貼ってある「営業中」の文字が
なんともファンシーであるな、と思いながら見ていたら、
そのドアがバンと開いて、
中からこれまたファンシーなエプロンをまとった
それはそれは普通のおばちゃんが出てきた。
夢破れたり、テレコマン。

そうこうするうちに9時40分を過ぎた。
もうよかろうということで席を立ち、
受付のクレアさんに会いにいく。

クレアさんが言うことには、
「正面の建物の右の道を進み、
 10分ほど歩くと宇宙ステーション運用練がありますので
 そこでお待ちください」
とのこと。

宇宙ステーション運用練という言葉にもシビれたが、
正門から10分歩くというのもシビれる話である。

真っ白い壁に「NASDA」と書かれた建物に見とれながら、
言われたとおりの道を行く。
すると、行く手に標識があり、読むとこうある。

「関係者以外の立ち入りを禁じます」

おお、つまり僕は関係者なのだ。
いわば一般の民間人とは立場が違うわけであって、
むしろ宇宙関係者と胸を張って差し支えない。

目を転じるとやや離れた場所では特殊なトラックが、
巨大なタンクに何かを注入している。
トラックには「液体窒素」とあり、
周囲にはドライアイスで炊いたような白い煙が
もうもうと立ちこめている。

さあ、俄然盛り上がって参りました。
先走りがちな僕の妄想を取り除くとしても、
僕は自分がいままさに
過去の人生において
もっとも宇宙のそばにいるのだと確信し、
やんわりじんわり感動していたわけです。

建物でしばらく待つと、広報の方が現れ、
取材場所である会議室へ通してくれました。
先方はすでにそこにいて、
僕はやや緊張しながらテレコを取り出したのです。

常軌を逸するほど書き散らかしてしまいましたので、
本編は明日から、ということで。


Love & Space!!


2002/02 筑波宇宙センター

2002-03-07-THU

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