NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第27回 強盗事件に居合わせた女性


ある日会社で、
乱暴な兄貴を持つことで知られる
長田という男が僕にこう言った。

「うちのカミさんが郵便局に行ったら、
 ちょうど強盗事件があったんだって」
 
おお。不謹慎ながらそれは大事件ではないか。
話す彼の表情が半笑いであることから
危険はなかったと推測される。
それで僕はすぐに「取材させろ」と言ったわけだ。

長田は苦笑しながら「いいけど」と言った。
来る者をまったく拒まないという彼の性格を、
つき合いの長い僕はよく知っている。
僕もかなり拒まないほうだけれど、
拒まないことにかけては彼のほうが一枚上手である。
その無尽蔵な受け入れ具合たるや、
何も考えていないのではないかと心配するくらいだ。
(そしてたぶん本当に何も考えていないのだと思う)

「じゃあ今度の週末にでも」と提案する彼を制して、
僕は「今日だ」と言った。
長田は「いいけど」と苦笑した。

ところで編集者の仕事というものは、
ほとんどの場合、深夜遅くまで働かざるを得ないもので、
その日もけっきょく僕らが帰れるようになったのは
深夜11時過ぎのことである。

埼玉にある長田の自宅へ着いたときには
深夜の12時を回っていた。
我ながら非常識な話である。
奥さんのひとみさんは起きていることを確認していたが、
長田家には今年幼稚園に通い始めるという
カホちゃんがいる。
(ちなみにカホちゃんは身内の判官贔屓を抜きにして、
 天使のようにかわいい女の子である)

僕は長田家の玄関にそーっと入りながら
テレコのスイッチを押した。
長田 ほい、どうぞ。
永田 (ささやき声で)すいませーん。夜分遅くに。
ひとみ いえいえいえ。
永田 (ささやき声で)こんな非常識な時間に。
あの、ちゃちゃっと済ませて、
ちゃちゃっと帰りますんで。
ひとみ いえいえいえいえ(笑)。
深夜にも関わらず笑顔で迎えてくれるひとみさん。
ところでもしあなたがひとみさんだったら、
4歳の愛娘がスヤスヤと眠る深夜の12時に
夫の同僚がテレコを回しながら押し掛けてきて
「強盗について聞かせてくれ」などと言ったら
どう感じるだろうか?

非常識なり、テレコマン。
ひとみ ええと、何か飲み物を。
永田 いやいや、おかまいなく。ほんとに。
意外と律儀なり、テレコマン。
長田 コーヒーくらいは出さないと。
永田 あ、そう?
ひとみ 暖かいの? 冷たいの?
永田 あ、じゃあ、暖かいので。
けっきょく飲むのか、テレコマン。
ひとみ でもお役に立てるのかどうか。
永田 いえいえ。
ひとみ でもニュース見てみたんだけどね、
ぜんぜんやってないんだよね(笑)
永田 そもそもなんなんです? 強盗なの?
ひとみ 強盗だったみたいです。
永田 強盗だった、みたい?
ひとみ 強盗だったって言ってましたから。
永田 ええっと? 郵便局で?
ひとみ 郵便局。
永田 に?
ひとみ に。
刃物を持った男が入ったらしい。
永田 行ったときは?
ひとみ 行ったときはもういなかったの。
永田 強盗が出ていった直後に入ったってこと?
ひとみ でも3分くらいは経ってたと思うんですけど。
永田 3分は直後ですよ。
ひとみ ああ、そうですか(笑)。
永田 ええと、入ったら、どうなってたんですか。
ひとみ まず、入って、通帳記入をして。
永田 通帳記入を(笑)。
ひとみ そう(笑)。通帳記入をしていたら、
いきなり、警察が入ってきて。
「ここから出ないでください!」って。
永田 おお。
ひとみ で、郵便局の人に、
「なんかあったんですか?」って聞いたら、
郵便局の人じゃなくオジサンが、
「いや、それがね!」って(笑)。
永田 (笑)。お客さんが?
ひとみ お客さんが。農家の人らしいんですけど。
永田 あははははは。
ひとみ そのオジサンが、
「いや怖かったよ!
 刃物を突きつけられてね!」って。
永田 へええええ。
それはなんスか、現金奪って逃げたんですか?
ひとみ お金は渡したらしいですよ。    
永田  ふーん。
ひとみ それで、オバチャンが、
オレンジの球を投げたんだけど当たらなくて。
永田 あ、あのペンキが入ってるやつだ。
ひとみ そうそうそう。
で、3つあったらしいんですけど、
オバチャン、
1個しか投げなかったらしくて(笑)。
永田 だいたいオバチャンが投げたんじゃ
当たんないだろう。
ひとみ こんなちっちゃいオバチャンで(笑)。
警備の意味あるのかなあって。
永田 え! 警備員なんですか?
ひとみ 警備員なんですよ。
永田 それはだめだろう(笑)。
ひとみ だからそういう場所を
狙ったんじゃないですかね。
永田 なるほどお。
居合わせた人はどれくらいいたんですか。
ひとみ いや、そのオジサンしかいなかったらしくて、
客は。
永田 へええ。
ひとみ 警備のオバサンがいて、そのそばを通って、
オジサンをつかまえて、ナイフを突きつけながら。
永田 人質だ。
ひとみ 人質。
そのまま「金出せ!」とか言ったらしくて。
永田 へええ。そのオジサンはどんな感じなんですか。
もう、怖がってる感じ?
ひとみ いや、もう、誇らしげに! 
「オレ、オレ!」って(笑)。
永田 ガハハハハハハ。
ひとみ 「大変だったんだよお!」とかって。
永田 (笑)。で、けっきょく
いくらぐらい盗ったんですか。
ひとみ いくらぐらい、だったんだろう。
あ、聞いてくればよかったですね。
永田 いやいやいやそんな(笑)。
ひとみ なんか「もっと出せ!」
とは言ったらしいですよ。
永田 オジサン情報だ(笑)。
で、客がそのオジサンだけで、
後から入ってきたのが?
ひとみ 私と、カホ。
永田 だけ?
ひとみ そう。
永田 割と、小規模(笑)。
やって来た警察は何やってたんですか?
ひとみ 警察は、なんか、
「ビデオカメラを止めて見てみよう」
とか言って、
脇のほうでいろいろやってたみたいなんですけど、
会話を聞いていると、ビデオを操作しながら、
「いまいちコレ
 やりかたよくわかんないんだよなあ」
とかって言ってて。
永田 わはははははは。
ひとみ 「だいじょうぶかあ?」って思って(笑)。
で、ひとりの人が、
「いちおう住所と電話番号を」って言ってきて。
でもぜんぜん何も知らないからね。
「これから用事があるんで出ていいですか?」
って言ったりしたんだけど、
「もうちょっと待ってください」ってことで。
で、15分くらいしたら
「もうけっこうですよ」って。
永田 「もうけっこうですよ」なんだ(笑)。
ひとみ 「何かあったらまた連絡行きますから」って。
永田 軽いなあ(笑)。
というわけで、まあ、
終わってしまったからということもあるのだろうけど、
聞いてみると強盗というわりに
小さな事件であったようである。
メールのチェックなどしていた長田もテーブルに加わる。
長田 でもカホの生年月日まで聞かれたんでしょ?
ひとみ そう。私のと、カホのと。
永田 なんで生年月日聞くんだろう(笑)?
長田 カホのねえ?
永田 意味わかんない(笑)。
長田 4歳だっつーの。
永田 あははははは。
長田 カホ、なんつってた?
ひとみ 「こわいね、こわいね!」って。
で、警察の人が「白いセダンの車で逃げた」って
何度も言ってたから、帰り自転車に乗ってたら、
白い車指さして、
「かあかん(かあさんのこと)、あれじゃない? 
 わるいひと、のってるんじゃない?」
って(笑)。
永田 かわいい(笑)。
長田 でもあんな狭いとこ、金あるのかな?
永田 そんなに狭いとこなの?
ひとみ ちっちゃい! すごいちっちゃい。
永田 局員が何人くらい?
ひとみ 3人。
長田 窓口3つ。
永田 3人! じゃあ局員が3人、客がオジサンひとり、
警備員がオバチャンひとり。
ひとみ (笑)。
永田 それはちょっと狙いたくなるかもね(笑)。
長田 うん(笑)。
ひとみ 警備員のオバチャンこれくらいだもん。
永田 150センチくらい?
長田 あ、ちょっと小太りのオバチャンじゃない?
ひとみ そうそう。
長田 知ってる知ってる。
ひとみ いつも立ってるだけだもんね。
たまに掃除とかしてて。
永田 掃除すんなっつーの。
長田 暇なんだよな(笑)。
永田 なんのニュースにもなってなかったの?
ひとみ ぜんぜん! 
長田 でもよくパチンコ店に強盗とかさ、
ニュースになってんじゃん?
永田 やっぱそれは盗られた額によるんじゃないの?
長田 やっぱ金額かな。
ひとみ いくらくらい盗られたのかな。
5万円とかなのかな!
永田 さあ(笑)。
ひとみ でも5万円とかで罪になっちゃうのもねえ。
永田 いや、それは罪です。
ひとみ (笑)。
長田 でも、オレンジの球って、
オレ、初めて存在を知ったんだけど。
永田 コンビニとかにあるじゃん。
ひとみ 蛍光色のやつよ。
長田 どこに? 見えるようなとこにあんの?
永田 見えるとこあるよ。これ見よがしに。
ひとみ こんぐらいで。
永田 ガチャガチャのカプセルみたいなやつに入って。
長田 ホント? へえええ。
ひとみ オバチャンが警察の人に、
「当たんなかったんですっ! すいませんっ!」
って言ってたよ。
永田・長田 わはははははは。
永田 責任感感じてたんだ(笑)。
ひとみ みたい(笑)。なんか、近所から
中華料理屋のオバチャンとかが出てきて、
「当たんなかったの!?」って聞いてたり。
長田 すげー庶民的(笑)。
永田 当たんねーっつーの(笑)。
150センチのオバチャンが逃げる車に球投げても。
長田 すっげえ女投げなんだろうね。
永田 うん。
長田 もう、こうだね(笑)。
永田 絶対、こうだね(笑)。
長田 警察はどうだったの? どんな人? 刑事?
ひとみ 制服着た人がふたりくらいと、
私服着た(刑事のようなマネをしながら)
「刑事!」みたいな人が3人くらい。
長田 手袋とかしてた?
永田 白い手袋だ。
長田 そうそう。鑑識みたいにポンポンポンポン。
ひとみ ぜんぜん。やってなかったよ。
永田 指紋ベタベタじゃん(笑)。
ひとみ そうそう。あんなんでいいのかなあ。
捕まんのかな?
永田
長田
捕まんないだろお!
そんな感じでゆっくりとコーヒーを飲んでしまって、
気がつくとけっきょく30分くらい経ってしまっていた。
引き際だ。
テレコマンは非常識ではあるが、
いちおう最低限の礼儀はわきまえている男である。
永田 よし! ありがとうございました。
ひとみ えええ、こんなんでいいんですか。
永田 ばっちりです。おいとまします!
ひとみ じゃあ明日行って、
いろいろ調べときましょうか?
永田 いいですいいです(笑)。
ごちそうさまでした。
ありがとうございましたホント。
ひとみ いえいえ。
長田 駅まで送ってくよ。
そんなこんなで僕らはゆっくりと
廊下を進みながら挨拶する。
しかしその物音に、天使は目を覚ましてしまったようだ。
ひとみ (小声で)あ、起きた。
長田 (小声で)カホ、起きた?
永田 (小声で)あああああ、ごめんね、カホちゃん。
ひとみ (小声で)いま来るからね、ちょっと待ってて。
じゃ、気をつけて。
永田 (小声で)はい。どうもすいませんでした。
ひとみ (小声で)いえいえいえ。
玄関を出たところで深々とお辞儀をするテレコマン。
終わりよければすべてよしなり、テレコマン。
しかし、お辞儀をした拍子に肩が何か突起物に触れた。

『ピンポーン!』
永田 ああああっ! 鳴らしちゃった!
ひとみ あはははははは!
……非常識なり、テレコマン。


2001/02/23 

2001-03-05-MON

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