NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第2回 タクシーにて。

週刊誌を作っているので、年初めから締切がある。
仕事を終えると例によって深夜だ。
とっくに終電は終わっていたのでタクシーに乗った。

後部座席に乗り込むと、白髪の運転手さん。
深夜とは思えぬ元気さで、「どこまで行きます?」と聞く。
行き先を告げたあとも「今日からお仕事ですか?」と
軽妙なトーク。僕は慌ててテレコのスイッチを押した。
助手席の名簿のところを見ると、彼は「しばた」さんといった。
永田 正月もずっとお仕事ですか?
しばた いや、あたしゃ昨日からです。
29日からずっと休んでましたよ。
永田 タクシーの人ってお正月は?
しばた いや、なかなか休み取らしてくんないんですよ、
正月とかお盆は。タクシー会社にしてみれば、
車が遊ぶことになりますからね。
永田 ああ、なるほど。
しばた でもねえ、正月はやっぱり、
のんびりしてるのがいちばんいいですよ(笑)。
昔とはぜんぜん違いますからね。
永田 お正月がですか?
しばた うん、昔は正月っていう気分があったんですよ。
だから仕事してても楽しかったけど。
いまはそういう気分がぜんぜんないですもんね。
永田 ふ〜ん。なんすかね、その気分って。
しばた やっぱり、女性は着物着たりね。
車だって少なかったですよね。
今は正月だってなんだって車多いでしょう。
永田 ああ。それは、タクシー運転しながら眺めてる
街の風景が変わったっていうことですか。
しばた そうですね。昔は車のいない道を走ってると、
着物着た人が乗ってきてくれるわけですよ。
少しお酒かなんか飲んでね(笑)。
永田 (笑)。そういえば、昔の車って、
ほとんどお正月の飾りつけてましたよね。
しばた つけてましたつけてました。
今は景気悪いからつけないんでしょうね。
永田 景気なんですか?
しばた あれは会社から支給されるもんですからね。
永田 ああ、なるほどなるほど。
しばた あと、お店やなんかでも全部やってますでしょ? 
昔は寿司屋しかやってなかったんですけどねぇ。
永田 街のシャッターがほとんど下りてて。
しばた そうですよねえ。そういう雰囲気がないですねえ。
地方はどうか知りませんけど、
だんだんそういう雰囲気はなくなってますね。
永田 ずっと東京ですか?
しばた 東京です。もう20年近いかな。41から始めましたから。
永田 今おいくつですか?
しばた 61です。
僕は、窓の外を見るのだ。
20年間しばたさんが見てきた風景。
しばた だんだん変わっていきますね。
忘年会も少ないし、新年会も少ないし。
永田 ああ。あれですね、そういう、
季節のイベントみたいなもんが
だんだん少なくなっていくとタクシーとしては。
しばた ヒマなわけですよ。
だいたい、酔っぱらってるお客さんを乗せるって
ことがほとんどないですからね。
そう言って、しばたさんは笑う。
不景気な話をしながらも車内がちっとも重たくならないのは、
しばたさんの確かな視線のせいだろうか。
だって彼はずっと同じ高さで街を見てきたのだ。
しばた だけど今日、
あたしゃツイてるのかどうか知りませんけどね。
新宿から乗せた二人連れのお客さんが東府中まで
だったんですよ。それでね、そこで女のお客さん
下ろして、そのまま中野まで戻ってきたんですよ。
行き帰り高速使ってね。
永田 そういうお客さんは珍しいんですか?
しばた 珍しいですよお。だいたいあたし、高速乗ることが
ここんとこずーっとなかったですから。
で、戻ってきたら今度新宿の四丁目から、
日野ですよ、また高速で日野。
永田 へえ。じゃあ今年はツイてるんじゃないですか。
しばた うん。これで一年終わりかもしんないね(笑)。
永田 あはははは、ツイてますね。
しばた うん。今年はツイてんぞぉ。
不思議なもんですねえこれはねえ。
永田 あ、次の信号、左です。
しばた はい。

ツイてるタクシーに乗った僕もツイてるのかもしれない。
でも、ひょっとしたら、不景気な話のまま客を降ろすのも
なんだな、というしばたさんのサービスなのかもしれないな、
と思った。
どっちにしろ、僕はいい気分でタクシーを下りた。

2000/01/06    山手通り

2000-01-23-SUN

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