丁寧な手作業による靴づくりのチーム、
entoan(エントアン)の櫻井義浩さんと富澤智晶さん。
最高の革を使って、
高級紳士靴の技法で婦人靴をつくる彼らと
「ほぼ日」が出会ったのは、
2012年のことでした。
彼らの靴は、対面でお客さまと話しながら
試し履きをしてもらい、色、細部を決めてゆく
パターンオーダー。
そのため「ほぼ日ストア」での販売がむずかしく、
これまでは、あまり革を使ったオリジナルの小物や、
革靴の技法を使ったルームシューズを展開してきました。

そのentoanの本業である革靴の受注会を、
神田に移って1年目の「TOBICHI東京」
そして年明けには「TOBICHI京都」でひらきます。
みなさんとお会いするのは、
幾度かの「生活のたのしみ展」そして
2018年の暮れに開いた「TOBICHI東京」
(当時は、南青山にありました)以来です。

この数年でのふたりのおおきな変化は、
こどもがうまれたこと(二児の親になりました)!
やんちゃに走りまわる彼らの足をまもるべく、
パパ・櫻井さんが、ママ・富澤さんといっしょに
つくりだしたのが、
「靴職人がつくった革製の子供靴」です。
それも、「やっとひとりで歩くようになった」くらいの、
1~2歳を対象にしたもので、
靴の世界ではそんな靴のことを「こぐつ」と呼んでいます。

もちろん、ぜんぶ、手づくり。
entoanの技術、素材えらびの目、
すべてが生かされています。
デザインのかわいらしさだけじゃなく、
履き心地、そして「脱ぎ履き」がとてもらく、
さらにすぽっと脱げにくい構造、
革靴だけどどろんこ遊びもどうぞ! という寛容さ
(手入れはもちろん必要です)。
サイズは2つ、14サイズと15サイズ。
14がだいたい1歳から2歳6ヶ月くらいまで。
15は2歳から3歳ごろ、というイメージです。

もちろん「こぐつ」をはじめ、大人靴も試着できます。
(大人靴の種類によっては、すべてのサイズがないことがあります)

色サンプルも展示しますので、
大人の靴は「この色とこの色で、このデザインに」
というオーダーができますよ。

京都では、初日と土日は櫻井義浩さんが在廊、
みなさんの相談に応じます。
どうぞ、おでかけくださいね。


  • アトリエの改装、ショップの新設。

    ──
    この数年、entoanには
    ずいぶん変化があったとおききしました。

    富澤
    そうなんです。こどもが産まれたのが
    いちばん大きな変化なんですけれど、
    それにあわせて、いままで住居兼工房だったのを
    切り離して暮らすようになりました。
    櫻井
    徒歩2分のところに住まいをうつし、
    工房は、ショップとしても機能するように
    大家さんと相談してリフォームをしたんです。
    大家さんが工務店を経営なさっているので、
    いろいろと相談に乗っていただいただいて。
    お風呂とキッチンを外し、窓をつくり、
    小上がりをフラットにして、トイレを広くし、
    換気のしくみもあたらしくして、
    ショップらしい扉もつけてと、
    かなり大胆に手を入れたんです。
    富澤
    ショップ部分はまだ改装途中で、
    もっと什器を入れたいんですけれど、
    なんとか稼働をはじめたのがことしの8月です。

    ──
    それまで、展示会はなさっていなかったんですか。
    櫻井
    はい、コロナで緊急事態宣言が出ていたこともあって
    すいぶん長く展示会をしていませんでした。
    コロナのあいだは、そのぶん、
    ネット販売に力を入れていましたね。
    あとは関東圏のかたが、ここ(新越谷のアトリエ)に
    わざわざ来てくださったりも。
    やっと展示会を再開したのがことしの6月、
    高知「ジギジギ(giggy2)」でのことですね。
    富澤
    心配していたんですよ、
    みんな外出をしなくなったのに、
    靴が売れるんだろうかって。
    櫻井
    ところが、評判がよかったんです。
    僕らのいつものやり方で、
    基本的なデザインは決まっていて、
    革とサイズを選んでもらうっていう
    スタイルだったんですけど、
    今回はスリッポンがすごく人気がありました。
    ──
    なにか、とくべつな理由が?
    櫻井
    今までは木型が一つだったのを、
    同じサイズで細いバージョンと
    横幅にちょっとゆとりのあるバージョンをつくり、
    1つのサイズで3つのスタイルから
    選べるようにしたんです。
    スリッポンは紐で調整ができないので
    サイズ選びが難しいというところを
    なんとかしたくて考えたんですが、
    反応がよくて、ほっとしました。


    「こぐつ」をつくりました。

    ──
    そんななかで、お子さんが生まれて、
    子供靴‥‥靴の世界では
    「こぐつ」って言うんですよね。
    富澤
    はい。こぐつをつくりました。
    上の子が保育園に通い始めた時、
    保育園で履ける靴に制限があることを知ったんです。
    たとえば内羽根タイプの、靴紐が前に出ている
    スニーカーみたいな靴を履かせていったら、
    「足の甲をしっかり留めてあげられるものに
    変えてください」
    っていうふうに言われて。
    そういう靴は遊んでいるうちに脱げちゃうっていうことと、
    保育士の方が履かせるときに難しいんだそうです。
    だから「履かせやすくて、甲がしっかり留まる」
    ことが大事なんですね。
    そこに自分たちも納得して、じゃあ、つくってみようかと。
    せっかくつくるなら、休日だけじゃなく、
    保育園に通う日も履けるようにと。

    櫻井
    ところが、脱ぎ履きさせやすい、ってなると、
    靴として格好いいイメージ、デザインが
    なかなか浮かばなくって。
    そもそも、マジックテープを使った靴を
    作ったことがなかったので、
    最初に紐靴をつくりました。
    でもそれじゃ、履かせやすくはならない。
    それで何度か試行錯誤をして、
    この形に落ち着きました。
    ──
    彼(長男)の反応はどうでしたか?
    富澤
    保育園で自慢してました。

    櫻井
    パパが作ったって。
    パパの仕事だって。
    ──
    うれしいですね!
    櫻井
    ハイ(笑)。
    作ってよかったなって思いました。
    富澤
    迎えに行くと、先生が1日の様子を教えてくれる間、
    玄関で自分の靴を出して履くんですけど、
    「パパが作ったの」と。
    ちょっと泣きそうになりました。
    ──
    ちゃんと自分で履けるんですね。
    なるほど、マジックテープをあけて、
    ベロの部分をひらくと、
    「足をのせるだけ」で履ける。

    富澤
    手前味噌なんですけど、本当に履かせやすいですよ。
    このこぐつは、「捨て寸」と呼ぶ、
    親指の先の余裕となる部分がなく、芯も入れず、
    足の自由な屈曲をじゃましない構造になっています。
    14と15の2サイズにしたのは、
    その年齢までの足の形が特別だからなんです。
    16以上になると、足が成長して
    おとなに近い形になるからですね。

    ──
    なるほど。しかも、靴といえば
    痛かった思い出のある
    足首の後ろ側の接触部分、
    ここにクッションが入っていて、
    やわらかいんですね。
    ちょっとだけ大きめを買ってもいいのかな?
    櫻井
    はい、中敷の下に、
    もう一枚、クッションを入れられる構造です。
    そのクッションはオプションですけれど、
    入れたサイズで履きはじめ、
    大きくなってきつくなったらそれを外しても。
    ──
    これは、どろんこ遊びみたいなときにも
    履いてだいじょうぶなんですか。
    櫻井
    はい。うちは、毎日、
    雨の日も運動会もこれです。
    汚れたら普通に拭いて、
    クリームを塗って。
    濡れていたら日陰で乾かして、
    泥にまみれていたら
    いちど水洗いをしてから乾かして、
    クリームですね。
    富澤
    そうするとまた、いい味になるんですよ。
    履けなくなったら、捨てるのではなく、
    手入れをして、思い出としてとっておくのもいいですよ。

    ▲櫻井家の長男がこれまで愛用してきた3足。

     

    ──
    今回は、オーダーのみですか?
    櫻井
    いえ、今回のTOBICHI東京では、
    ある程度の在庫をつくっておき、
    足りなくなったら受注を受けようと思います。
    富澤
    三種類の色をつくります。
    ヌメ、赤、黒ですね。
    しかも、かなり複雑な構造をしていて、
    この「こぐつ」には6種類の革を使っているんです。
    ──
    6つも! どこがどうなっているんですか。
    櫻井
    まず表は牛革のショルダー(肩)の革です。
    裏は馬の革。大人の靴だと結構牛革が多いんですけど、
    あえて馬で、特注で作ってもらっています。
    柔らかくて、足に吸い付くような感じがあるんですよ。
    パイピングはまた牛革なんですけど、
    なめし方が、タンニンとクロムの混合で、
    丈夫で、かつ柔らかいという、
    両方のいいとこ取りをしているんです。
    そしてソールの革は、厚さ3ミリのヌメ革。
    そして中敷の牛革はペーパーをかけて、
    足が中で滑らないようにしています。
    さらに見えない部分、芯材にも別の硬い革。
    6種類というのは、大人の靴より多いかもしれません。


    大人の靴もあります。

    ──
    今回は「こぐつ」だけじゃなく、
    大人の靴もいっしょに並びますね。
    メインは女性の靴だと思いますが、
    どんな種類があるのか教えてください。
    櫻井
    はい。entoanの定番全種類だと
    ちょっと多いかなと思うので、
    絞ってお持ちしようと思うんですが、
    代表的なものを紹介させてください。

    櫻井
    これは「レースアップブーツ」です。
    作りが結構かっちりしていて、
    ハンドソーンって言われる、手間のかかる、
    手作り靴のスタンダードな製法でつくりました。
    長く履くことによって足にどんどんなじんでいって、
    何度でも修理ができるような構造になっています。
    紐は手で染めています。
    ブーツだとよくあるんですけど、
    ベロが本体にくっついていて、
    砂や埃がが入って来づらい構造になってます。
    ──
    とてもハンサムな靴ですが、
    女性用なんですよね。
    櫻井
    ハイ、紳士靴の手法でつくった婦人靴です。
    そして、こちらが「サドルシューズ」。
    同じくハンドソーンで、
    サンプルのこの靴は、
    革の表と裏を組み合わせています。
    僕らはこの使い方が好きで、
    けっこう、多用しているんですよ。

    富澤
    革は、色と、表か裏かをお選びいただけるんですが、
    色によってはモードっぽくもできるし、
    カジュアルにもできるデザインですね。
    ソールの色も変えることができますよ。
    ──
    ぜんぶを真っ黒の表革にしたら、
    けっこうモードっぽくなりそうですね。
    富澤
    そうなんです。全部真っ白も、いいんですよ。
    ──
    靴ひもの種類を変えると、また表情が変化しそうです。
    富澤
    そんなふうに遊んでいただけたらと思います。
    そしてこれが「ストラップサンダル」。

    ──
    前半分が靴で後ろ半分がサンダル?
    櫻井
    これは、学生の時に考えたデザインなんですが、
    実用的に履きやすくつくれるようになったのは
    entoanを始めてからでした。
    ──
    あっ、この部分が外せるようになってる!
    何というんですか、この部分。
    櫻井
    「キルト」ですね。
    「タン」とか「フリンジ」とも言うかな?

    富澤
    オプションで選べます。
    櫻井
    このサンダルは脱ぎ履きがしやすくて、
    サイズ調整がこの紐の部分とストラップの部分の
    両方でできるので、薄手の靴下とか厚手の靴下、
    いろいろ調整ができるんです。
    ──
    バックベルトの角度、絶妙ですね。
    きちんと足の形に添うようになっている。
    櫻井
    ハイ、痛くならないように工夫しています。
    富澤
    バックベルトのこういうサンダルって、
    落ちてきたり、踏んじゃったりとかっていうことが
    あるんですけど、これは結構しっかりした革を使っていて、
    形状が足に沿うので、食い込むこともないし、
    落ちてこないんです。

    ──
    すばらしいです。
    そして、こちらは定番の「スリッポン」ですね。
    スリッポンってカジュアル寄りのイメージが
    あったんですけど、これはパンプスっぽく履けそうですね。

    櫻井
    トップライン(履き口)の
    ラインが特徴です。
    黒一色だったらフォーマルな場にも使えますし、
    いろんな靴下と合わせて履いてもらうと
    カジュアルにもなりますよ。
    なにより、脱ぎ履きがしやすいですし、
    最初にお話ししたように、
    幅をかえて3つのスタイルをつくりましたから、
    きっとぴったりの一足が見つかると思います。
    ──
    あれ? スニーカーぽい靴ですね。めずらしい!

    櫻井
    これは「オパーズ1(OPARS-1)」っていう
    名前なんですけれど。
    こぐつと同じ作り方で、
    厚い革で底の部分をつくり、
    そこにかぱっと甲からかかとまでの部分をかぶせる、
    という製法なんです。
    ──
    ということは、親子でお揃いに、という場合は、
    これがペアになる?
    富澤
    いちばん近いですね。

    ──
    革がやわらかそうです。
    櫻井
    はい、1枚革です。
    普通は表の革と裏の革を、
    かみ合わせて作るんですけど、
    これは1枚の切りっぱなし。
    なのですごく柔らかくて、足なじみがいいです。
    ルームシューズとも近いですね。
    これは、メンズもあるんですよ。
    ──
    やっと男性ものが!
    櫻井
    この靴だけは、男性の木型、女性の木型、
    2種類でつくっているんです。
    革も、ヌメ、白、黒、こげ茶などがあるので、
    ぜひ男性も試し履きしてくださいね。
    ──
    ありがとうございます。
    基本的には櫻井さんが接客を?
    櫻井
    はい、僕が。
    いちおう、箔押しの機械を持って行き、
    アルファベットの刻印を
    こぐつの中敷に押すサービスをと
    思っているんです。
    混雑状況にもよりますが‥‥。

    ──
    大人は‥‥。
    富澤
    パターンオーダーであれば、
    製作工程で押すことができます。
    できあがっているものは難しいんですけれど。
    こぐつに関しては、中敷が外せるので、
    できるかぎりその場でと思っています。

    ──
    ありがとうございます。
    たのしみにしています!

    2021-12-03-FRI

    Illustration: Yu Yokoyama