80's
80代からのインターネット入門。
前橋の母Aが、Eメールで原稿を
送ってくるまでの物語。

第3章 いよいよダンボールは届いた


なかなか、母Aが登場しないのですが、
まぁ、先は長いので、しばらくお待ちください。
前回は、母Aにパソコンを教えてくれる先生が、
双方合意のもとに、めでたく
決定したというところまでだった。

そうなると、ぼくの気持ちは熱くなってきた。
もう、半端な遠慮をしていちゃいけない。
「ほぼ日」の読者だって、この企画をたのしみにしている。
N波さんにも、母Aにも苦労をかけるけれど、
やってほしいことを、正直に言っておかなくてはならない。
ここからは、「ほぼ日」スタッフとしての仕事なのだ。
さっそく、ぼくからN波さんへのメールが送信された。



安心いたしました。
クルマでびゅーん、は、
前橋の女性の「たしなみ」でしたね。
ぼくは、いまだに「主婦」のほとんどは
クルマの運転をしないと、
勝手に思いこんでいました。

では、遠慮なく、ぜひお願いします。
で、さらにお願いがあるのですが、
この企画を連載化するためにもご協力していただけますか?
つまり、母Aの「成長」の記録を、
「ほぼ日」紙面でレポートするという、
もうひとつ手間のかかる仕事です。
まだ、タイトルも決まっていませんが、

まずは、箱が届いた母A家に、
N波さんが出向いて、どうしたか?
が、第一回になるのだと思います。
これに、本人がメールを出せるようになったら、
その報告が加わっていきます。
そこまできたら、ある意味で、
連載はおしまいなのかもしれませんが。

さて、(ちょっと笑ってしまうのですが)、
いま、1999年6月1日の正午、家人から、
「母Aから電話があって、iMacが到着した」との知らせ。
は、はは、はじまっちまいました!
箱も開けずに先生からの連絡を待つように、
と指示しました。

こうなったら、遠慮ばかりしていたら
ぐずぐずしてしまうので、
事務的に次のステップについて、書いていきます。

さぁて、まことにおそれいりますが、
xx−xxxxに電話をしてください。
(「ご自分の都合」のいいときにしてくださいね)
で、電話の向こうのばあさんと、
場所や日取りについて、決めて下さい。

展開がどうなるか、よくわからないのですが、
問題はインターネットです。
これに関わる費用は、ぼくが負担するつもりですので、
プロバイダの契約料やなにか、発生する費用については、
メールでお知らせいただけますか。
プロバイダの選択やなにかは、N波さんにおまかせします。

それでは、いまから母Aに、
「N波さんという方から電話が入る」ということを、
電話で連絡します。

ぼくは夕方まで、外にでますので、
次のメールチェックは、18時以降になります。

それでは、どうぞ、よろしくお願いいたします。

ほんとに、こき使うことになって、恐縮です。
がっぶれっしゅう。
              (糸井重里)





はじまったぞ。
現物は届いた。先生も決まった。
なによりありがたかったのは、
N波先生が、とても親切で軽快な女性だったということと、
母Aが「すっごくうれしそうな電話」を
くれたということだった。

ちなみに、ぼくのメールの最後の、
「がっぶれっしゅう」は、
神さまのご加護がありますように、の英ひらがな。
「てきにいじい」や、「ろけんろうっ」などと、
適当に使い分けているが、評判は芳しからず。

(まだまだ、明日につづく)

1999-06-20-SUN

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