COOK
鈴木慶一くんと、
非時事放談「月光庵閑話」。

矢野顕子をほめる。(5)
あっこちゃんはあっというまに曲を作る。

糸井 音楽的にあの人が持っている実力は、
ミュージシャン仲間にも、「すごいんだな」って、
ある種、尊敬みたいなものがあるんですか?
鈴木 そうだね。
「そこでできる」っていうこと。
ピアノがあればそこで音楽ができるっていうこと。
それが本来、重要なことなんだけれど、
なかなか難しいですしね。技術的なことを考えると。
要するに、レコーディングっていうのは
やり直しがきくことで、何度も何度も直していくわけだ。
あっこちゃんも何度も何度も直していくんだろうけれど、
「1回目のでも、いいんじゃないの?」
というようなものなんだよね。
それはジャズのミュージシャンも、そうかもしれない。
どうしてもジャズと、われわれのやっている
音楽を比べると、昔からそう思ってるんだけど、
「ジャズのほうがうまいんじゃないか」
っていう気持ちがどっかにある。名人ね。
じゃあ、そうじゃないほうに行こう、って思うんだよ。
糸井 上手い下手で俺は勝負するわけにはいかないぞ、
ってことだね。
鈴木 上手な表現力があって、しかも素晴らしいものを
耳にした時はね、悔しいとかそういうんじゃなくてね、
「ああ、これはどうも失礼しました」っていう感じですよ。
あっこちゃんの奥のほう、日常にどんなものが
潜んでいるのかは知らないけれども、
とにかくあっこちゃんと会う時は、
いつも、そういう場所でしかないわけだ。
音楽をやる場所なんだ。
音楽をやる環境においてでしか、つきあいがない。
だからその場においては、すごい恐ろしいくらいに、
ひれ伏す感じですね。
糸井 「慶一」って呼んでるもんね。
鈴木 そうだね(笑)。
糸井 あれさ、歳じゃなく立場、っていうのがあるじゃない。
鈴木 呼び方って不思議なもんでね、
若い時に知りあった人は「慶一」って呼ぶんだよ。
30くらいに知りあった人は「慶一くん」なんだよ。
40くらいに知りあった人は「慶一さん」になるんだ。
糸井 その通り!
でも、俺は、あっこちゃんに「慶一」って呼ばれている
関係の慶一くんは、俺はすごく好きだね。
鈴木 俺もさ、美雨ちゃんに「ありがとうございます」なんて
言ったりしてもさ……。
糸井 全然いいんだよね。
音楽っていう場で平らになっている感じがあるんだよね。
鈴木 これであっこちゃんに「慶一さん」なんて
呼ばれた日にゃさ、
「もうこの平面上にいさせてくれないの?」
っていう気になっちゃう。
糸井 俺は、逆に、あっこちゃんと会うのって
音楽ではない場面ばかりなんだよ。
だから、音楽の場面では恐ろしい人なんだろうなあとは
思うんだけど、どう言ったらいいのかな、
仕事仲間で……、
鈴木 ステージで「イトイ」って言うじゃん(笑)。
糸井 そう! だから、離れてはいても「チーム」の人なんだ。
空間を共有しないで、一緒に仕事をしているんだよ。
ついこの間までは、仕事はファクスだったんです。
仕事は、この、あっこちゃんと歌を作る時の話って
ほとんど一般的にはしていないんだけれど、
すごいぞ、このやり方は!
「そろそろなんですけど」って、まずファクスが来るの。
鈴木 ええっ!?
糸井 レコーディングが近くなると、スタジオを取り始めた時期に
「そろそろなんですけど」っていうファクスが来るんだ。
「1曲でも2曲でも、あれば、わたしのほうは、
 いつでも待っておりますから」って書いてあるんだ。で、
「ああ、そろそろなんだなあ……」って、
季節のお便りみたいに思うわけ。
たまに、アルバムによっては休んでいる時もあるし、
アルバムタイトルから始めよう、って時もあるし、
タイトルはこんな感じです、って時もあるんだけど。
そのファクスを見ると、俺のほうも、
「そうですか、そろそろですか。
 やりたいといえばやりたい時期ですよね。
 ただ、できるかなあ?」
なんてファクスを入れるわけ。
そのあと、ちょっと電話でしゃべる。
日本にいる時も、NYに行ってからも同じなんだけど、
「どんなのがいい?」って言うの。
鈴木 向こうが?
糸井 俺が。すると、イメージが全然ない時もあるし、
「こういうのが欲しいなあ。たとえば、お母さんっていう
 人たちって、誰も褒められたことがないじゃない?
 そういうのって、つまんないのよねえ。
 そういう人が聞く歌が欲しいんだぁ」
って言ったりすることもある。そしたら、
「いいよ。そりゃ、そうだなあ」
なんつって、できたよ、って送ったりするんだ。
俺が書き始めるまでの時間はその都度違うんだけれども、
書き始めると、あっという間にできちゃう。
それは、あっこちゃんだと思うと、書けるんだ。
鈴木 ふむふむ。相手によって、すぐ書けるってのはあるね。
糸井 これ、わけがわからないんだけれども、
「ここの譜割りが、ちゃんとできないかもしれないけど、
 とにかく、渡しちゃえ!」
って思えるんだよ。
鈴木 字数も、あんまり合わせなくってもいいんだ。
糸井 曲先(きょくせん:曲があって、そこに詞をつけること)は
2曲くらいしかないんです。
『ただいま。』って曲と、『春咲小紅』っていう曲。
でも、曲先だって気づかれてないんですよね。
そこがこのチームのすごさなんだけど。
曲先も詞先も、同じなんですよ。出来上がりは。
鈴木 すごい(笑)。
糸井 でね、詞を先に書く時は、
「できた」
ってファクス入れるでしょう。そうするとね、
もう、瞬時に、曲ができているんだよ……。
鈴木 ええええええ???(笑)
魔法のような。
糸井 魔法なんだよ。すぐにできちゃうんだ。
どんべえちゃん(矢野さんのマネジャーの永田さん)が、
「いいのができました」
って言ってくるんだよ。
「昨日スタジオでレコーディングしました」
とかって報告が、すぐに来る。
「もうひとつ、ないかなあ?」
とか言われたり。
そのスピードが、とくにすごくなったのは
NYに行ってからで、スタジオ・ミュージシャンの人たち、
それこそパット・メセニー級の人が
どどっと集まるわけでしょう。
するとね、もう、ああいう人ばっかりの集まりだから、
レコーディングなんてあっという間らしいんだよ。
鈴木 そうだね。30分で1曲くらい、
すぐに録れちゃうんじゃないかな。
糸井 それなのに、まだ、
「ここをこうしてみようか」
なんてやってるとなると、完成度はどんどん
上がっていくよね。
俺はその時どんべえちゃんに、
「これは注意したほうがいいよ」
って言ったんだけど、超先端同士の人が、プレイする
楽しみの方に淫してしまう可能性がある。
「これすっごく気持ちいいね」
っていうほうに行くと、お客さんが置いてかれるから、
「俺はそのところの危機感はちょっと感じてるんだ」
って言った覚えはあるんだけど。
でも、あっこちゃんは、ちゃんと戻ってきている。
自分ではわかってるんだなあ、って思った。

……とまあ、こういうつきあいなんですよ、仕事では。
あとはね、何がウマイだのという雑談ばっかりなんだ。
普通、ミュージシャンって舞台前に会うときは
「悪いかな?」っていうのがあるんだけど、
あっこちゃんの時って、実は、ないんだ。
鈴木 俺はね、若いときに会っといてよかったな、
って思うよ。
「クン」なり、呼び捨てなりってことでさ。
「さん」の時代に会ってたら、こっちはちょっと脅えます。
糸井 つまり、慶一君がギターで共演するってことは、
慶一くんはパット・メセニーだってことだよねえ。
平行に並べれば(笑)。
鈴木 早い話がね(笑)。
でもそういう視線を感じると、
こっちを上げなくちゃいけないから……。
糸井 たいへんなことになるよね(笑)。
鈴木 上げるったって限度があるからね。
パット・メセニーまでは絶対に行かないわけだから。
しかし、俺といえど、そういう環境で
リハをしているわけだよ(笑)。
不思議なもんでね、そういう状況になると、
こっちもどんどん冴えてくるんだ。
1回やったことを2度と間違っちゃいけないなって
思うわけじゃない。ダラダラやっていると間違える。
で、あっこちゃんのところに、こっちをなんとか
上げていこうとしてるんで、そのぶん、疲れはあるけど、
すがすがしい感じだよ。

1999-09-21-TUE

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