COOK
鈴木慶一くんと、
非時事放談「月光庵閑話」。

矢野顕子をほめる。(3)
あっこちゃんは、日本の財産である。


糸井 僕のあっこちゃん体験はね、
「キライ」から始まっているんですよ。
鈴木 あ、そうなの?
糸井 「キライ」っていう時には俺、
いつも気をつけていることがあるんだ。
「キライ」ってはっきり思うことってそんなにないのに、
ちょっと嫌だなあって思ったら、
それは「好き」の可能性がいつもあるんですよ。
鈴木 そうだね。
糸井 矢野顕子のね、雑誌の『GORO』が主催した
ライブがあったんだよ。
渋谷公会堂だったかNHKホールだったか忘れたけど、
「さあ、いよいよ登場です!」
って出てきた時に、何がキライって思ったかが、
すぐに自分で理解できたんだ。
「人より先に、のびのびしすぎている」んだよ。
鈴木 (笑)。
糸井 要するにね、超・自由なものを見た時って、
苦しい毎日を送っている人たちって、
反発を感じるんだよ。
矢野顕子って、自信たっぷりだし、聞いてみたら
リトル・フィートがレコーディングを手伝ったとか、
「いっちょまえじゃないか!?」
って気分があるわけだよ。
コツコツと人生を送っている人にとっては。
でも、ステージを観ていて、
「キライ」って言っている自分が、
なんだかせせこましいな、って思った。
それでちゃんとレコードを買って聞いてみたら、
知らないうちに好きになっているわけだよ。
「♪ワラにまみれてよ〜」
(三橋美智也の『達者でナ』のカヴァー)とかさ、
「いもむしゴロゴロ」(わらべうた)とかさ、
どっから探して来たんだ!? というような歌を、
あの当時からずいぶん入れていたじゃない。
それも、インテリな人たちが、
「庶民的なものの中にもいいものがあるんですよね」
といって、解説することによって自分を高く見せる、
みたいにとらえられちゃう、あぶないところなんだよね。
鈴木 ちょっと上から下へね。
糸井 ところが聞いてみたら違うんだよ。
鈴木 平面ですから。あっこちゃんにとっては、
すべての音楽が、平面上にあるんだ。
糸井 それがわかったんで、これはみんながイイっていう
理由がわかるな、って。
「もう飛び込んでやれ!」
っていう感じでね。
鈴木 一緒にした最初の仕事って、何?
糸井 コマーシャル・ソング。
旭川の、「AMS西武」っていう店がオープンした時に
コマソンを作ろうという話になったんだ。
僕が詞を先に作っておいて、
「曲を誰に頼みましょうかね?」
という時、大森さん(CM音楽プロデューサー)が、
「矢野さんにお願いしようって思ってるんですよ」
って言った。
「へえぇ……」なんて思ってたら、
本当に翌日くらいにでき上がってきた。
この人は恐ろしいなあ、って思ったよ。
そういうふうに、まだ会っていないうちから
つきあいがあったんですよ。
そのあとの、慶一くんがプロデュースしてくれた
僕のアルバム(『ペンギニズム』)の時も、
まだちゃんと会ってないままに作曲をお願いしたんだ。
鈴木 そうだったんだ。
糸井 『スーパーフォークソング』。あれも、歌詞を作ったら、
数日というか、その日ぐらいのイメージで、
曲が来たんだよ。
「テープお届けします」
って。何で、もうできてるんだろう?
っていうくらいのスピードで。
それで、聞いてみたら、それはもう単純に、
「……歌えない……」。
鈴木 あれは、難しいですよ。
糸井 「これは、僕は、歌えないんですけど……」
って。いいの悪いのじゃなくてね(笑)。
「無理なんですけど!」
って言おうと思ったけど、でも、
「こういう人がいて、よかったな、日本人で」
とも考えた(笑)。外国にいたわけじゃなくて、
あっこちゃんって日本にいたわけじゃない。
わが同胞(はらから)さ。
「よかったなあ!!!」
矢野顕子は財産だよ、みたいな気持ちになって、
一生懸命歌いました。
あれ、デモテープの段階で慶一くんの所に
行っていたわけだよね?
鈴木 あれはね、あのアルバムの中で一番難しいぞ、
って思いましたよ(笑)。
だって、あっこちゃんなんだもん。曲が。
糸井 そうなんだよ!
鈴木 じつにあっこちゃんらしい曲でね。
糸井 結果的には、あの人、自分の歌に戻したよね。
あたりまえだけどさ(笑)。
鈴木 自分の歌にしてしまったね。
(註:アルバム『Super Folk Song』に収録)
糸井 あれ、だって、今じゃ、あっこちゃんの名曲じゃない!?
あの詞、書くのも15分だったし、
たぶん曲をつくるのも15分、だと思うんだよね。
30分で、あの名曲ができたんだよ。
鈴木 あの長い詞が。
……谷岡ヤスジさんも死んじゃったけどね。
(註:歌詞の背景は谷岡ヤスジの「村<ソン>」の世界)
糸井 死んじゃったなあ……。
糸井 慶一くんは最初に会ったときの印象はどうだった?
キライ、というのは、同業者としては、ないんだ?
鈴木 プレイヤーとして接するところから入ってるからね。
あっこちゃんがつくったものに接するのは
もっとあとになるんだよ。
糸井 そうか……。
鈴木 最初に会った時はキーボード・プレイヤーでしょ。
曲を作る人っていうのはあまりよくわからない。
で、歌も歌えると聞いていたので、
「じゃあ、『火の玉ボーイ』って曲のエンディングで
 スキャットやってくれる?」
って、やってもらったの。
そしたら、レコーディング、一発でOKなんだよ。
糸井 いやぁねぇ……(笑)。
鈴木 それもすごく面白かったんだよ。
スキャットやるじゃん。それに応えて、
くじら(ムーンライダーズの武川雅寛さん)も
フェイク(合いの手)を入れよう、って。
でも、くじら、棒立ち。
糸井 やんなっちゃったんだ……。
鈴木 やんなっちゃったんだよ。
ずぅっとスキャットが入っている中に、
合いの手を入れるんだけど、
ちょこっとやっちゃあ、棒立ち。
そのテイクがよかったんで使ったんだけど、
昔はトラック数(テープに録音できる音のチャンネル数)
が少なかったんで、1コのトラックに入っちゃってる。
だからくじらだけもう1回、ってわけにはいかなくて、
棒立ちのくじらの声といっしょに、
あっこちゃんのスキャットが入ってるんですよ。
糸井 くじらくんって、本当は、そういうセンスが、
すごくある人でしょう?
鈴木 突然のアドリブが、バイオリンでも歌う時も
できる人なんだけど、聞き入っちゃったんだよね。
やっぱり『火の玉ボーイ』のレコーディングで、
あっこちゃんに対しては、
ピアノと、歌と、両方すげえな、って思った。
糸井 それは悔しさとかにはならないで、
まずは感心しちゃうわけ?
鈴木 そうだね。俺、キャラクターとして、
あんまり悔しくならないタチなんだよ(笑)。
糸井 ムーンライダーズってそういうバンドだからね。
鈴木 「すげえいいのが録れた!」っていうさ……。
糸井 かわいいチームだなあ(笑)。
それは、矢野が天才っていうものなんですか。
鈴木 天才っていうものなんですよ。

1999-09-10-FRI

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