COOK
鈴木慶一くんと、
非時事放談「月光庵閑話」。

第1回

さて、第2回ですが、
「ヒクソン対高田戦」の話のつづきから。

鈴木 あれは高かったなあ。辛かった。
この間の前田さんのはよかったよ。
全部よかった。
というか、あの引退のしかたが。
糸井 なんとなく明日も試合やるような
気がするじゃない。
しかも1銭もかかんないんだよ、あのやり方は。
たとえば、アントニオ猪木を呼んじゃって、
VIP席みたいなところに座らせたら、
そっちが大事なものになっちゃうでしょ。
花束も来るし、花輪も、着物のおねえさんも。
「なんとか元大臣がきました」
となるに決まってて、
それやるとスタッフだって、
それだけで忙殺されてしまう。
ただ試合だけやるってのは、
そういう手間がいらない。
鈴木 K-1とは逆のやり方だね。
糸井 どれだけ減らせるかっていうところで
勝負したんだよね。
鈴木 すごい試合だったね。
糸井 面白かったね。
あんな強い人が世の中にいたなんて。
鈴木 首をねじるだけで痛そうなんだもん。
糸井 首と肩の間に挟むだけで痛い。
カメになってもそのまま持ち上げて落とす。
だけど、次のオリンピックはカレリンをみんなが
見るだろうね。
鈴木 カレリンの存在が急に
クローズアップされるわけだよね。
糸井 オリンピックまでの間に、
カレリンがリングスで試合をするわけじゃないんだけど、
別にそれでいいわけですよね。
じかにはカレリン、リングスの選手じゃないのに、
“リングスの遺伝子を持った選手”
みたいになっちゃった、ある意味。
リングスファンは、オリンピックのカレリンを、
すっごい応援しちゃうと思うんだよね。
鈴木 まれにみる素晴らしい引退なんだけどさ、
つながっているようで、つながっていないようじゃない、
前田自身がやめちゃうんじゃ。
糸井 ブチ切れちゃってる。
鈴木 ブチ切れる。パンクみたいですよね。
糸井 やっぱりパンクはヒントですよね。
「時間が来ました」と言ってやめるのが、
一番パンクとしては正しい。
格闘技の世界だって、バブルじゃないんだから、
選手がきちんと食っていくだけでも、
けっこう大変なんですよね。
そんなときに、芸能的なショーアップとか、
儀式としての「見栄え」なんて、前田らしくないじゃん。
金がかかることとか、いっさいをやめよう、と。
極端にいえば、花輪ももらわない、と。
で、いい試合を前に付けて、
その試合の1つ1つが
はなむけになってる、という構造だよね。

山本戦のときはブヨブヨしてたんだよ。
どんなに強くたって、肉のたるみはだめだよね。
形にならなかったんだよ。
今回はかなりハードなトレーニングしたんで、
あらゆる意味で納得できたもんね。
鈴木 リングスの引退試合の時は、
貴乃花的ブヨブヨさだったよね。
糸井 でも、ステロイドはやんないしね。
鈴木 けっこう、いろんな人がやってるらしいね。
露骨にやっているのは、マグワイアだけど。
糸井 スポーツを芸能的に盛り上げるって方法論はさ、
速効性があるじゃない。派手だし。
でも、ああいう逆の発想って、
前田のリングスがやはり貧乏だったからできたんだよ。
なまじ金があって、たとえばの話、
芸能人いっぱい呼べるとしたらさ・・・
「神田うのさんがいらっしゃってます」みたいな
やり方っていうのは、エスカレートするしかないんだよ。
だから、コストがあがってって、そればっかりなんで。
鈴木 すると、違う資金援助みたいなものが出てくるのかな?
からみ合っちゃうからね。
糸井 資金援助は、ただのタニマチだけじゃないでしょ。
投資としての援助って、側面があるよ、近代だもん。

でも、金って結局、放映権と入場料と
パンフレットなんかの売上げしかないわけだから、
格闘技でそんなに金が使えるはずがないんだよ。
そこは(音楽と)同じだけどね。
複製品のレコードがたくさん売れないかぎりは。
ライブだって、赤でしょ。
格闘技は、CDみたいなソフトの複製ないもん。
ビデオもたかがしれてるし。
ライブ中心でやっていくのに、
そんなに儲かるはずがないんだから。
毎日のように試合できるような仕組みじゃないし、
ひと月に一度の試合日程でもやっとっていうくらいだから。
音楽も、同じだろうけど。
鈴木 音楽は赤だよね。ほんと、つい最近までね。
糸井 よけいなお金使ってた覚えない?
鈴木 それは何なんだろうね。
集客力に対するステージのコストっていうか。
要するに何にお金がかかるのかというと、
舞台の大道具とか、何か1個作るのに、
100万とか200万かかっちゃう。そこなんだよね。
糸井 100万かかったということは、200人分のチケットが
タダになっちゃったということなんだよね。
そういうことも俺、分かるようになったんだよ。
鈴木 俺も少しは分かるようになったんだよ。
糸井 その次は、それを面白がれるようになれるのが
本当は一番なんだよ。
それはそれで、プロの人がいればいいんだけど。
鈴木 90年代入ってから、なんていうのかな、
誰も赤の部分を背負えなくなってくるんだよ。
それがハッキリしてきたんで、
その分、たとえば、ステージのアイディアって、
最初はすごくでかいの。
それをどんどん削っていくわけだよ。
それはしょうがないな。
糸井 それバンドやっている人は、
根本的に分かってるんでしょ?
小林幸子だったら、あの衣装は命綱だからね。
鈴木 それを見せてなきゃいけないっていうのは大変だよね。
前田的な引退試合の逆だよね。
糸井 準備している最中もスポーツ新聞に出るようにする、
というようなことをしてるわけだから。
鈴木 また、あの試合の話になっちゃうけど、
あれって、すでにドキュメンタリー映像なんだよね。
糸井 分かっていただけてるなあ。
鈴木 俺、生で見てたのね。テレビでね。
試合は、まあ時間内で収まるなと思ったんだけど、
すでに、売ってるビデオを見ている気分だった。
だから、すごく、「生にして記録」というか。
あれって、なかなかできないことなんだよね。
糸井 終わったとたんに過去になる。
さっきのように
吊り下げられたときのような気持ちよ。
鈴木 あれは、すぐ自分に置き換えちゃうんだけど、
コンサートのときにできないかなとかね。
演奏しているうちにすぐ過去になっていくっていうさ。
答えは出ない。
糸井 本気で考えたら出ると思うよ。
お客がものすごい信頼感あるときは、
本当になんでもできるから、
今、慶一君のところには、
信頼感のある客しかこないから、
根本的に。
その意味では、ほかの誰よりやりやすいよね。
あるのは、こう、すごく短いコンサートとかね。
鈴木 3分とか。
糸井 3分はだめだろうけど。
鈴木 でも、短くしようという気にはなってきてる。
パンクラスじゃないけど、秒殺コンサートみたいな。
糸井 昔のビートルズみたいに前座を1時間半とかやって、
その前座に、いいやつとか、
慶一くんがプロデュースしているようなやつ入れて、
そっちはそっちで充分楽しめて消えるっていうのは、
けっこういいんじゃない。
鈴木 90年代になると、イギリスとかの
わりと無名のバンドなんかが来日するわけだよ。
短いよね、みんな。1時間足らずで終わってしまう。
でも、それでもいいや、という気になるんだよね。
いいや、という気持ちになるということは何かな?
と考えればね。正座して、たのもう、って感じで
むこうはくるんで。
糸井 居候でもいいや、っていう。愛があれば(笑)。
アッコちゃんの出前コンサートも
そういうコンセプトだったんだし。
けっきょく、何が大変かというと、
いろんな所でコンサーへ呼びたいという話を聞いてて、
「それは行けばいいだろう、
ピアノなんてどこにでもあるんだからさ」という。
原点は貧乏からスタートなのよ。
だから、本当に貧乏になっちゃった発想をすれば、
ビジネスでやってた人ができないことが
思いつくんじゃないかな。
鈴木 去年ソロで8カ所回ったんだけれども、
僕はその、スピード嫌いというように臆病者でさ、
そういう人は、歳とって始めることが増えるわけだよ。
初めてソロで九州から東京までやったんだけど、
面白かったね。

何が面白かったのかというと、たとえば
Tシャツが売れる、売れないってあるじゃない。
多分、デザインなんだと思うんだけど、
男女用を作るのも重要なんだけど
まず、Tシャツを売るの。
すると、見る間に売れていくんだけれども、
ステージで俺が着ていた色だけが売れるわけだよ。
それで、あまり売れてない色を次の日に着るわけだ。
すると、それがどんどん売れてくる。
まあ、僕も毎日同じTシャツってのもやだし。
どんどん、野田さんが札束持ってるんだよね。
野田 1000円札なんですけれども(笑)。
鈴木 まあ、数万円だろうね。
それが、いたるところでダイレクトに見られるわけ。
ライダーズの力っていうのは、名古屋、大阪とかね、
5〜6カ所しかやらないから見られないわけだよ。
それが直に見られてよかった。

それで、コンサートが終わるじゃない。
寂しい気持ちになるのはコンサートが終わったときに
楽屋みたいなのがあって、誰もいないんだよ。
野田さんともうひとり、3人しかいないんだよ。
その人たちも、どこへ行ってるかというと、
物販をしているわけだ。
俺はひとりでさ、トイレで
「終わったか」と自分の顔に挨拶しているんだ。
糸井 小さい矢沢だね(笑)。
鈴木 そう、ちっちゃいヤザワ。
それで、ポストカードも売ってたんだけど、
終わるころになるとサイン入りがなくなっちゃう。
野田 するとファンが
「えー、サインしたやつないんですか?」
なんて言うんですから。
糸井 仕入れてきます(笑)と。
鈴木 次から次ヘサインしていくと、
飛ぶようになくなるんですよね。あれは不思議だね。
糸井 楽しいでしょ。
鈴木 楽しい。
最初は臆病者だったから、ものすごい不安だったわけよ。
途中で煮詰まったらどうしよう、とか思うわけよ。
毎日曲とか変えちゃうのね、自分が飽きないように。
やってるうちに飽きたら、違う曲に、とかね。
だから、けっこう「やめ」とか言うの。
それは、ステージというある制約の中なんだけど、
やってるほうは、自由だなという。

で、最もやってて面白かったのは、
自分のステージ上の心理だね。
こうやって弾いてたりするじゃない。
そして、間奏を毎日どうやってもたせようかと
毎日違う形でいくわけだ。
ありとあらゆることが、練習じゃなくて、
ステージ上で思いつくの。

で、最も面白い出来事と思ったのが、
エンディングで、アンコールがきたから、
タンバリンで1曲だけ歌うことになって、
歌い出したんだよ。
終わり方どうしようかなって、考え出して、
歌終わって、タンバリン叩きながら
そのまま帰っていったの(笑)。
糸井 今の俺の気分はそうとうそれだね。
だってさ、これ(対談)だって、
当面は1銭の収入だってないわけじゃない。
少しここはあるけれども、食えるほどにはないんだよ。
でも、始まりも終わりも分量も、終わり方まで
全部決められるの。

で、こうだなと思って、波のようすを見て、
波打ち際でチャプチャプもできるし、
大波だなと思ったら、あえて、
大波に乗らないこともできるし。
請けおい仕事じゃなくってやってることって、
人って実はあまりしないんですよね。

この歳になって、俺のがちょっとだけ上だからさ、
俺のがもっときついんだよ、おそらく。
人は人で、バンドと違うから、ソロでできないんだよ。
その意味では、あえてもっと貧乏になることが
決まっていながらもっと大きいところに引っ越したりさ。
とにかく全部逆なの。
このまんま行くと、つまんなくなるぞ俺、
というのが一番恐かったから。
慶一君が、それと同じことを
どっかでやったんだとしたら面白いね。
鈴木 シンクロニシティー。
このままこの世界にいるとつまんなくなりそうなんだよ。
糸井 つまり、そんなにたくさん生きられないじゃない。
ひょっとしたら、うちの企画なんかで
宝くじを買ったりしているのも、
買えば当たるかもしれないけれども、
買わなければ当たらないんだったら、
買う側にいたいっていうそういう気分なんだよね。
鈴木 それ、ソロでやって分かった。
分かったことがいっぱいあるけど、
エンターテイメントの面での自分の能力、
つまり、得意とする音楽においてのエンターテイメント性
っていうのは、ライブをやっているうちに
発揮されるもんだと。
家で考えて練習しているからとかではなくて、
バンドは、勝手に間奏をやめるわけにはいかない。
で、練習もちゃんと集まってやってる。
ソロでやる場合は、当日のリハーサルを綿密に
やればいいとか。練習ばっかりしてるんだよ、その日は。
リハーサルと、本番が同じ日。
それまではあまり入念にはしないでおく。
糸井 他人のプロデュースをするときにさ、
へたな子をプロデュースするときがあるじゃない。
そういうときはさ「いいよ、へたで」と言えるけど。
自分には言えないよね「へたでいいや」って。
プロデューサーのぼくなり慶一くんが、
もう一回自分をプロデュースするとしたら、
「分かってもらえるようにする」プロデュースって、
絶対あるんじゃないかな。

だから、音楽でいえば、音楽ってもともと
波だと思うんですよ。音波っていう。
波って、単独に譜面のなかにあるわけじゃなくて、
レコードのなかにあるわけでもない。
関係のなかにあるじゃない。
伝わったよと、伝えたよという。
その意味では、取り出せないんだよ。
完成なんて、絶対ないんだよ。
相手が気に入らなければしょうがないんだし。
そこの、枠組みのなさに、歳とってから
気づいた気がするの。
鈴木 私もそうだよね。長い間やってるんだよ実は。
非常に長い間やっててさ、去年の終わりに
なかなか面白いことに気が付いたね。
「音楽はまだ、やっててもいいぞ」と。
糸井 いいなあ。
鈴木 その面白さって何かというと、
枠組みのなさ、というのもあるけれども、
ひとりでやったら、本当に面白いんだもん。
糸井 俺って好きだったんだな、という。
鈴木 そう。もちろん、技術的な面っていう部分でも
磨かなきゃいけないっていうものがあるんだろうけどさ、
それはある程度、きっと、衰えるいっぽうの部分も
あると思うんだよ。
糸井 声もでなくなるもんね。
鈴木 どんどんキーを下げていかなければならなくなるし。
そこで、衰えない自分の何かっていうと、
脳の中で、自分の現在を納得するというか、
そういうことなんだな。
ただね、バランスはいいんだよ。頭と体が、現在。
体衰え、頭冴え。
糸井 体力のなさっていうのが
けっこう大きい要素としてあるんだよね。
鈴木 それはたとえば、サッカーをやるでしょ?
で、ビデオで撮るでしょ。なんでこんな足遅いの、とかね。
バンドで2時間ライブをやるときに、
心配になってくるもんね。
心配になってくるから、コンサート前っていうのは
早寝しなきゃとか、走ったりとか、変なことしだすんだよ。
糸井 長年やってるくせに(笑)。
鈴木 そんなこと全然しなかったのに。
ボイストレーニングしたりとか、
欠落してきている部分がはっきり見えるもんね。
それをなんとか補うわけだよ。
でも、そこに本来の面白さはなくて、訓練だから。
基盤作りだから、出たとこ勝負のための。
糸井 発見に面白さがある。
鈴木 出たアイディアを今、人が見る前でやってしまっているぞ
というようなことが、前田の引退に感じられるわけですよ。
1個、現実に物事が進んでいるんだけれども、
前田自身が1歩引いて見られるところがあったんだと思う。
糸井 つまり、最後にいわずもがなの
WOWOWと契約してどうのこうのと演説してたけど、
あれは誰も聞いてないよ。でも、静かにはしてたよね。
あれは、社長前田がつい発言してしまったんだよね。
鈴木 自分本来の位置みたいなものを、ちゃんと
言っちゃってるよね。
糸井 あれを言ったのはダメだという話も
もちろんあるだろうけれども、
でも、「実(じつ)」はあるな、という。
そこがドキュメントなんだよな。
関係ないじゃん、そんなこと(笑)。

だから、あれで本当に終わって、
社長として振り返り始めちゃったんだろうね。
カレリン呼ぶこと自体が、本当にありえないことらしいよ。
絶対やれないようなことをやっちゃったらしいのよ。

昔、アントニオ猪木がアミン大統領とやるっていうときが
あったじゃない。
ああいう時以上のありえなさらしいんだよね。
で、できたっていうだけでもうれしくて。

一時、引退決まる前に、ハンとかとやってたときに
「コイツ昔、俺が困っていたときに世話になったけな」
なんて思うんだって。試合中に。
で、蹴り入れるときなんかも、
「ひとりで立ち上がったときに、こいつら来てくれて
本当に助かったんだよな」と思うと、
ダメなんだって、試合が。
それで、引退考えるんだって。
鈴木 そういうこと考えだしちゃったんだね。
じゃあ、社長なんだ、それ。
糸井 ある意味で、馬場さんになっちゃったんですよ。
薄い馬場さん。
でもまあ、それを乗り越えたときに
お客さんはホッとしたり、面白がったりするから、
おそらく、ステージの上で慶一君がいろんなこと考えて
やってることっていうのが一番面白いんだよね。
鈴木 それはきっと、伝わるんだろうね。
それを集団でやってるとさ、ボケていくから。
ボケるっていうよりも、大人数で音を発しているわけだから
焦点がどこに合うかといったら、
また人それぞれ違うじゃない。
演奏しているほうもあんまりよけいなことを
考えないんだよね。
それよりも、あいつがあんなギター弾いてるよとか、
内輪の楽しみになってくる。
それを見せてるっていうことなんだよね。
糸井 そうか、大勢のほうが内輪が形成されやすいのか。
鈴木 いわゆる、僕らのバンドにはその日、その日で
全然違うことをやるのが生きがいだ
と思っている人ばっかりがいるんだよ。
糸井 小さい「ミエッパリ」だからね。
鈴木 こう出て、ああ出てっていうのが。
毎回、試合みたいなもんなんだよ。
お、こうきたか、やけに今日は間奏が長いぞ、みたいなさ。
そこに面白さを発見していないと、
水準が落ちちゃって楽しくないよね。
いつも、今日が最後と思うという。
糸井 そういう病気だ。
その病気の分だけお客は、
高いところからの視線になるわけだよね。
鈴木 そうね。
でもひとりだと、
リビングルームで僕が歌を歌っているのを
「みなさんこのへんで見ている感じになってください」
っていうのがテーマだった。
まさに、それに近いところまではいってたんだけど、
完全に素(す)を晒しているわけではないよね。
リビングルームをお見せしてるんじゃないんだから。
糸井 どうしてそういうところに至ったかっていうのは、
やはり、ある種、認めたくない無力さを認めたときに
見えたものなんじゃないかという気がするんですよ。
「コムロ」がバーッと売れたおかげで、逆に、
自分が「それを目指してないな」、って気づくじゃない。
ちょうどいい加減、で売れていたりすると、
あれはあるな、と思っちゃうのに。
鈴木 500(万枚)とか400とか300とか、
まあ、上の数字ってみんな違うと思うんだけど、
いっぱいになっちゃうと、それは
目指してるものとそんだけの数字があったらさ、
物質的にはうらやましいんだよ。
だけど、別に目指さなくてもいいかなというのが
はっきりしたね。
糸井 いろんな戦略の集大成みたいなことを
全部見せてくれたから。
鈴木 あれはだから、音楽の売れる領域というものを
超えていると思うんだよ。
それよりも、タイ焼きの量とか、
ゲームソフトの爆発的に売れたやつ、その量だよね。
糸井 不思議な役目をしてくれたというのはね、
すごく、認めるんだよ。
「ここをもう少しこうしてくれたほうが、
あと5万売れるよね」みたいなことは、
全部やってるチームじゃないですか。
それやってくれたおかげで、同じことやらないで済んだ
っていうのは、助かったよね。
鈴木 その労力を注ぎ込まなくてもいいというのを
まあ、それは無力感につながるかもしれないけど、
気づかせてくれたっていうかな。
糸井 無力感てね、言葉はもう無力感っていう
ネガティブなことなんだけど、
鈴木 いや、無力の力っていうのはあるよね。
糸井 「無力の王」っていうのがあったしね。
たとえば、女であることっていうだけでも、
男と戦うときに、無力感というものを絶対に呼び寄せるし、
子どもであるということは、
大人と比べたときに無力だし。
大人は逆に、青春に対する無力感があって、
老人に対する無力感があったり、
全部その「欠け」のところを無理矢理に
継ぎ木したり整形手術したりやっていくよりは、
今ある自分ができることを全部やる、
と決めたほうがモチベーションができる気がするの。
つまり、
「やりたくないんだけどみんなが求めるから
シークレットブーツ履きました」
っていうときにはやっぱり他の仕事も、
全部そのシークレットブーツになると思うんだよ。
鈴木 ちゃんと上げ底しなければ、生きていけなくなるんだよね。
糸井 だから、ショーン・コネリーが、禿げてからのほうが
ガーッといったじゃないですか。
あのあたりにいっぱいヒントがあったと思うんだよ。
それは見えないでいたというのは、
価値観がひとつでしかなかった。
早い話が国民投票的パワーしか認められてなかった
ということで、
そうじゃないものがあるって、
今ごろになって、整理できたと思うんですよね。

インターネットで一番面白いのは、
リンクの発想なんですよ。
俺が今やってることと、たとえば慶一君が
今日ここに来たことで、
慶一君の周囲のリンクっていうのが
くっつくんだよね。
そうすると、全部その小さい輪っかを足したら、
ものすごい分量になるんだよ。

竹村真一君が言ってたんだけれども、
大きいタイタニックみたいな船じゃなくて、
小さい小舟をね、全部、
ロープでつないで動いてるようなもんだと。
インターネットの世界は。
なるほどなと思うんだよ。
で、あっち沈んでましたよ、なんて。
沈んじゃったのねって。
あっち造ってましたよなんて。
そのことが分かるとね、寂しくない。
鈴木 巨大な船が沈むわけじゃないからみんな
引きずられないんだ。
糸井 そう、沈んでる間に、こっちに乗り込めばいいじゃない。
たったひとりができる可能性っていうのが
すごく増えたし、単なる人助けとかではないんだよな。
そうしないと浮かんでいけないというようなところがある。
そこが新しいんだよな。かつてはなかったんだよ。
鈴木 横のつながりというかね。
糸井 そう。うちのこれからのキャッチフレーズは、
「オンリー イズ ノット ロンリー」。
たったひとつであることは、孤独ではない。
なんで気づけなかったんだろうかね。
鈴木 いまみたいなテクノロジーとか物がないときには、
気づかなかったんだからね。
そういうのがないときは、
ひとりでいることは恐いことだったかもしれない。
糸井 本当に遮断されるもんな。
電話かかってこなくてひとりで住んでるみたいなね。
かけたら誰もいなかったみたいなね。
鈴木 そうじゃないわけだよ。
糸井 その意味では、留守番電話がはやった時期っていうのは
面白いな。孤独なんだけれども、かけたときに
ディレイさせるじゃないですか、コミュニケーションを。
置いといて、後でとるという。
あれ過渡期だね。
鈴木 だから、留守番電話を外から聞くようになるじゃない。
糸井 ディレイの幅を狭くするわけだ。
鈴木 そのうち携帯になって、ダイレクトになるわけだ。
今の連絡を今とる。
留守電も家帰ってからひとりで聞くと、
ゼロのときがあったりするじゃない。
ディレイのネタがない、みたいな。でも今は、全然。
糸井 今は留守電入ってないでしょ、あんまり。
鈴木 俺ネットやってないから。
糸井 ネットは慶一君向きなのにねえ。
鈴木 ネットは、3年くらい前に全てセットアップしたんだよ。
要するに、電話からのコードをつなげばいいわけなんだよ。
なぜやらないか、というと、多分、理由をつけて
やりたくないところがあると思うんだけれども、
部屋が汚くて、服の山のなかにコードが入り込んでいて、
もちろん本とかね、それをひっぺがすのが大変なのね。
丸一日くらいかければクリーンになるんだけれども、
それをやらないわけだよ。
で、つないでない、という理由にしているんだけれども、
ライダーズのファンて、ネットやってる人って多いんだよ。
そこではいろいろなこと言ってるから。
糸井 聞きたくないのもあるよね。
鈴木 もちろんそれもあるだろうし、それも多分、
俺のタイプ的には全部見るだろうと思うのよ。
コンサートやって、アンケート配るじゃない。
見ちゃうもの。
でもあれは、ツアー中は決して見ないの。
やめようね、見るの、何書いてあるか分からないし。
とか言って終わってから見るようにしている。

そういうネットに対する、リンクを張る、
小さい船みたいな状態は非常に面白いと思うんだけれども、
そこには、知らなくてもいいようなことまで
知ってしまうような可能性が充分あるわけで。
野田さんにやってもらって(笑)。
鈴木慶一さんアニメ
糸井 ちょうどいいフィルターになるんだね。
鈴木 いつごろか忘れたけれども、物を収集したりするのを
誰かに任せきりになっちゃった。
たとえば、ビデオを集めてたりするじゃない。
糸井 なきゃいけないと思うときがあったりするんだよね。
鈴木 その後に現われた興味のある人が、
一生懸命集めるじゃない。
あの人が持ってるんだったら、あげちゃおうと、
持っててもらえば、こっちの人のほうが、
安心できるかもしれない。
糸井 飽きない方法はそれしかないんだよ。
俺、若いときからそうだったから。
収集っていうのは縛るんだよ、自分を。
だから、収集しているフリをする時間はあるよ、
たまには。だけどものすごく短い
時間で、とっくにやめてるんだよね。

そういえば、本をひと部屋分売ったことがあるのよ。
あれで気持ちが治まった。
ぜんぶ吐き出しちゃおう、宿便みたいに。
で、吐き出したなかに、すでにそこに同じ本が
2冊あったりするんだよね。
鈴木 CDなんて同じのが3枚あったりするんだよ。
糸井 ああ、「あっただけ」なんだ、と
自分にバレちゃうだけなんだよ。
2500円だか、200円だかしらないけれども。
また必要になったら、買おうって。
それは、買えなければ、一生懸命働けばいいじゃないか
と思ったら、すっきりした。
鈴木 必要か、必要じゃないかという単純なことだね。
糸井 やはり、情報恐怖みたいなものが、ベースにあるから、
集めたくなるし、逆に今の慶一君みたいな話も
悪く言われているものっていうのを、
見ちゃうっていうところに、すでに情報恐怖があるわけだ。

その裏側にあるのは、ほめられたいっていうことなんだよ。
ほめられて悪い気する人はいないんで。
で、ほめられたいから、ほめているものを見たい
ってなると、逆のものが、
絶対にある比率で出てくるわけだよ。
だから、ほめられたいっていうことさえ諦めちゃえばね、
けっこう、いけるんだよ。

本当にほめられてうれしいのって、
年に何回もないんだよ、実は。
自分でやったときはやったって分かるし、
顔に書いてあるから。
あとで文章にしてこなくてもいいんだよ。
だから俺、今悪く言われても
全然飛ばせるようになってきた。
あと、見ないっていうのもあるけどね。
そんなにはないもんなんだよね。
1000に1つあるだけで、
けっこう重っくるしいもんだからね。

それは、戦いだから、悪意をぶつけるっていうのは。
ちょうど格闘技でいうと、
最初に足踏んでスタートするみたいなものだから。
そう思うと、その試合避けちゃったほうがいいと思えば、
何のことないって。
だって、俺、明日も試合するんだもん。
足踏まれたの踏んだのってことばっかり、
やってるわけにはいかないもん。
先も長くないんだし。

野田さんは、フィルターかけて、これ喜ぶだろうな
というものを渡すわけ?
野田 というのも渡すし、逆のものも渡す。
鈴木 両極を渡すんで、だから、中間のものは
いっさいこないよね。
糸井 べつに大発見はないでしょ
鈴木 大発見はないけど、たとえば、
自分にとって大先生みたいな人
ヴァン・ダイク・パークスに連絡したら、
メールが戻ってきたとかね。
糸井 国際が加わるとまた、ウキウキするよね。
野田 次の日にメールの返事が届いてて、
一緒に仕事をしたいと思っております、とかね。
糸井 何してるの。
鈴木 去年いいアルバム出したりとかね、
オーケストラ風のライヴ。すごい作品が少ない人だよね。
糸井 時期からいえば、バッファロースプリングフィールドが
生きているみたいなもんだろ。
鈴木 最近、変な現象があってさ、
こないだ、ヴァニラ・ファッジを見たんだよ、
糸井 キブミーハンギングオン? ああいう音?
鈴木 変わってないんだけども、
オリジナルメンバーは4人のうち3人なのね。
確かひとり死んじゃったんだとおもうんだ、
そういうものを専門にやるライブハウスができてさ、
そこでアニマルズを見たんだよ。
糸井 日本?
鈴木 日本なんだけど、アニマルズ2人しかいないのね。
ほかはみんな違う人なの。
エリック・バードンいないの。
で、今度、ハーマンズ・ハーミッツが来るんだけれども
ピーター・ヌーンがいないんだよね。
リードボーカルがいないんだよね。
どうみてもインチキなんだけど、まあいいや
というところで見られる場合もあるのね。
で、ヴァニラ・ファッジってすごくよかったよね。
まあいいや、がすごく。
糸井 東京にあるの?
鈴木 スイートベイジルっていうね、六本木の。
トンフーって知ってる? その跡地。
危険な香りもするんだよね。
糸井 でもそこに、どっぷり漬かる気にはなれない
っていうところが、こっちが大人になったってことだよね。
鈴木 これは恐いもの見たさだよね。
それと、この人達デヴユー前夜って
こんな感じだったのかなが、みれる。
糸井 でも誰も知らないと思うよ、ヴァニラ・ファッジって。
そこ(スウィートベイジル)のメンバーじゃないところが
ライダーズって面白いよね。
鈴木 そこのメンバーになるのが・・・
最もそれに対する恐怖心が、みんなすごい強いかもね。
だから、それ、アルバムを作るときに、
それをまず最初に考えているんじゃない。
糸井 怖がるよね、みんなそのことをね。
だから、恐怖じゃなくて、避けてくみたいなことも
この次にはなっていくんだろうな。
鈴木 そういうのがとれるんでしょう。
で、去年出したアルバムっていうのが
また違った恐怖がとれたと思うんだ。
リミックスのミックスなんだけれども、
そんなことは数年前だったら考えつかなかった、という。
全部、他人にまかせちゃう。
糸井 「ムーンライダーズの夜」なんてアルバムも、
ああ、この人たちはなんか、大掃除始めたなみたいな。
大掃除そのものは楽しそうだったけれどもね。
鈴木 そうすると、いろいろな面が、長年やってる分、
実は今まで言えなかったことがいまだに
あったりしたわけだよ。
それを、なんか、言い出しあっちゃったりさ。
あれは、けっこう完全に大掃除が行なわれて、
確かに、「夜」っていうので大掃除が行なわれて、
それで、ニットキャップマンが入ってるあのアルバムが、
楽しく見える20周年を祝う
っていうセレブレーションとかいうものなんだよね。

(つづく)

第3回

1999-04-09-FRI

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