扉を開けたらデヴィッド・リンチ
───
歴史ある工房に到着して、
やっぱり緊張しました?
モモ子
うーん、緊張っていうか‥‥。
何がいちばんすごかったって、
匂いがすごいんです。
───
匂い。
それはどういう?
モモ子
重ーい鉄の扉を開けた瞬間に、
「はー!」ってなって、
匂いが、インクと、
あと歴史の中で染み付いた
いろんな匂いがぶぉーっときて、
香水よりも、うっとりするような匂いで。
───
あ、いい匂いなんだ。
モモ子
いい匂いです。
松井
落ち着くんだよね。
モモ子
きもちいい匂い。
───
へえー。
モモ子
それでがぜん! もう何かもう、
「絵描きたい!」ってなるんです、その匂いで。
───
場所の力ですね。
モモ子
はい。
‥‥あと、そうだ、これはぜったい
言わなきゃいけないことがあるんです。
───
なんでしょう。
モモ子
その初日、工房のドアを開けたら、
デヴィッド・リンチがいたんです。
───
え、リンチが?
うわー、すごい。
リンチがそこでリトグラフをやっていた。
モモ子
そう。
松井
そりゃあビックリだよねえ。
モモ子
開けたらいるの、そこに。
───
リンチはどんな感じでした?
モモ子
あの髪型で、エプロンして、作業してた。
もう、なんか、
なんか抱きつきたくなっちゃった。
一同
(笑)
モモ子
超かっこいい。
松井
すごいなあ。
ぼくはそのときいなかったから。
モモ子
リンチがつけてたエプロン、
「マジックエプロン」って呼んでたんですけど、
それをそのまま、わたしが借りたんですよ。
ほら、写真も撮ってあります。

※安藤モモ子さんのカメラで撮影
───
へえ〜、これが‥‥。
ということは、
デヴィッド・リンチが作業を終えるときに、
安藤さんが工房に入ってきたわけですね。
モモ子
そうです、はい。
なんか、リンチはすごい人だなと思ったのが、
ふつう人間って、
どんなに集中して相手を見ようと思っても
たぶん70パーセントくらいしか
伝わらないじゃないですか。
ところがあの人は全員に対して
150パーセントくらい、
魂に、こう、くわーって何かを届けて‥‥。
いや、べつに「くわーっ」てやるわけじゃなくて、
落ち着いているんですよ、すごく。
すごい静かな海のような気配で、
あたしをスッポーンって‥‥。
松井
掴んじゃうんだ。
モモ子
掴んで。
ミニ・リンチが
勝手にあたしの心に住んじゃってる感じなんです。
───
へえー、おもしろーい。
モモ子
そんな変な体験はいままでないし、
そんな人にも会ったことなくて。
‥‥だから、ここに今もいるんですよ、
ちっちゃなリンチさんが。
───
デヴィッド・リンチとは、
会話をしたわけじゃなかったんですか?
モモ子
あ、会話しました。
───
しましたか、どんな話を?
モモ子
なにしろ工房の匂いに感動したまま
リンチに会っちゃったもんだから、
もう、夢ごこちで、
「ここの匂いは美しいですね」
とか言って。
そしてら「匂い」に反応して、
「イエス」って。
握手をグッとして、
なにかを話したんですけど、
そこからはもう、忘れちゃった(笑)。
 
───
初日からそれだったんですね。
モモ子
うん。
ちなみにあとで聞いたんですけど、
クリスマスのころにまたふらっと
リンチが工房にあらわれたらしいんです。
で、わたしがつくった4枚の版画の
1枚を指さして、
「アイ・ライク・ディス」
って言ってたらしいんです。
───
それはうれしいですねぇ。
モモ子
うれしい、うれしいですよー。
───
それにしても、
そんなすごい工房でいきなり作業ができるなんて、
すごいことですね。
モモ子
それはやっぱり、
紹介してくれた人のおかげなんです。
「ここで作業をしている」ということ自体が、
すごい名刺というか、通行手形みたいな。
───
ここで作業しているんだから
何者かにちがいない、と。
モモ子
そう。
だからリンチもそうだけど、
いろんなすごい人が気さくに声をかけてきて。
───
とんでもないところに行きましたね。
モモ子
ねえ、光栄ですよ。
 
(つづきます)
2010-04-26-MON


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN