ほぼ日・デリバリー版。

「ほぼ日デリバリー版」は無料配信!

配信登録はこちら 配信解除はこちら
メールアドレス(半角)

メールアドレス(半角)

登録アドレス変更の際は、
「旧アドレス解除→新アドレス登録」でどうぞ!

第120号 好きな人のにおい。


「なごみとホロリ」をたのしんでくださるかた、
いつも、じっくり読んでくださって、ありがとう!

今日から、ここ数ヶ月の「なごみとホロリ」の
バックナンバーを、ほぼ、すべておとどけしていきます。

「・・・読みのがしてしまったので、
 バックナンバーを作ってください!」
というおたよりが、とても多かったにも関わらず、
公開が遅くなってしまって、すみませんでした。

「なごみとホロリ」は、
無料配信のメルマガ「ほぼ日デリバリー版」から生まれ、
今でも、2日に1度おとどけのメルマガと連動しています。
登録や配信など、いっさいが無料ですので、ぜひぜひ、
「ほぼ日デリバリー版」へ、登録してみてくださいね♪
もっと、この世界を、たのしむことができますので。

それでは、バックナンバーをおとどけしましょう!!!

(※なお、「なごみとホロリ」開始以来、
  2002年12月までのバックナンバーは、
  このページの第59号から第75号までに載ってます)




「前に好きだった人の名前で呼ぶ」
 という内容に反応してしまい、
 これはどうですか?
 と思いを込めてメールしてます。
 
 私は「匂い」で
 好きだった人を思い出します。
 その人は、香水をつけるような
 オシャレさんではなかったので
 いわゆる体臭なのですが、
 全然嫌な匂いじゃないんです。
 彼は全然自覚がなかったですが、
 彼の部屋はその香りでした。
 
 もう別れて3年になりますが、
 先日、病院の待合室で
 時間を持て余し、居眠りしていた時、
 その懐かしい匂いが、
 横から流れてきたんです。
 ハッと目を覚ましましたが、
 横にはオジサンが座っていました。
 な〜んだ・・・。
 でも、なんだか懐かしくて、嬉しくて、
 このままずっとここで待っていたいなぁ。
 とまた目を閉じました。
 (なおこ)
 

最近よく、
 「相手のことを思いやれる時期と、
 相手が元気な時期とのズレ」
 について考えていました。
 こうして離れて住んでいる間に、
 誰か家族が居なくなってしまったら、
 「もっと一緒に居れば良かった」
 と後悔する気がして。
 そう考えると、
 親元を離れて暮らしている今、
 とても馬鹿なことをしてるのではないか
 と思うことがあります.
 だけど、今の場所に居たい理由も
 沢山ありすぎて。
 (マチコ)
 

映画好きのうちの母は
 たくさんのハリウッドスターを
 知っているけれど、
 リチャード・ギブと呼びます。
 メル・ギブソンと混じってる!!
 (ライナス)
 

数年前におじいちゃんが亡くなりました。
 当時香港に住んでいた私は
 取敢えずの経由地の大阪まで
 一人で飛ぶことになりました。
 空の上というのは
 下界がどんなに悪天候でも真っ青で
 ぽこぽこした雲もあって、
 その雲を見ていたら
 手を後ろに組んでゆっくり歩く
 おじいちゃんの姿を見た気がして
 ぽろぽろぽろぽろ
 涙が出て止まりませんでした。
 今でも同じような空の日は涙が出ます。
 (あ)
 

海外「日本語使いまつがい」が
 はやっていますが、
 私もひとつ、思い出しました。
 かれこれ9年まえ、シルクロードを
 敦煌まで旅したのが
 生まれてはじめての海外旅行でした。
 日本に帰ってきて、思い出に浸りながら
 莫高窟周辺で購入した、
 日本語翻訳の敦煌・莫高窟の仏像写真集を
 めくっていると、
 「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」のことを、
 半分ひらがなで
 「この、みるく菩薩は…」と書いてあり、
 信じられない思いで笑い転げたことを
 思い出しました。
 (なっちゃん)
 

数ヶ月前に、看護師の仕事を
 病気がきっかけで辞めました。
 看護師として働いている時に、
 よく遭遇した事が、ナースコールの応答で
 患者さんを訪室した時に、
 「看護婦さん何にもしなくていいから、
  ここにいてください。」
 というものでした。
 何にもしなくていい・ここにいて欲しい
 という言葉に、
 新人の頃は戸惑ったものです。
 その後、そういった言葉は
 どういうことなのか自問自答しながら、
 働いていました。
 
 今回、自分が病気になって
 本当にこの意味を感じます。
 旦那がただいるだけで
 自分が楽になるのをすごく感じるのです。
 
 今まで文献をあさったり、
 患者さんのそばにいながら
 それはどういうことなのか、
 そう口にされる前に私は何を
 しなければならないのかを、
 考えてきましたが
 自分が病気になって、
 はじめて感じる思いがありました。
 考える事よりも、経験ですね。
 (m)
 

新聞の折り込み広告、
 JR新町駅(群馬)のチラシに
 『疑惑の沖縄・3日間』
 そうそうそう、疑惑疑惑・・・
 何が起こるかなぁ?って魅惑だしょ!
 朝から家族でほころびました。
 (みどり)
 

お風呂のない
 アパートに住んでいます。
 毎日、近所の銭湯「鶴の湯」に行きます。
 番台のおばあちゃんは、
 よく番台で体を前傾しながら寝ています。
 はじめて見たときは、
 死んでいるのかと思いました。
 でも、「こんばんわ」と言うと、
 おもむろに「ハイ、どうも」。
 ニッコリ返事を返してしてくれます。
 
 見慣れた顔が、お湯に浸かっています。
 あんまり話したことはないけれど。
 たまーに挨拶をする程度だけれど。
 
 ゆっくり温まった帰り際。
 出口へ向かおうとするそのとき。
 「おやすみなさい」。
 おばあちゃんが声をかけてくれます。
 まだ夕方でも、「おやすみなさい」。
 「ありがとうございます」じゃなく、
 「おやすみなさい」、なんだかウレシイ。
 (ま)
 

取引先から上司に電話があった時。
 上司はとにかく外出が多い方でした。
 「あいにく外出しております」
 と言うつもりが、
 「あいかわらず外出しております」
 と言ってしまいました。
 ・・・一瞬会話が止まりました。
 (わたがし)
 

1か月くらい前に失恋しました。
 その人のことは
 一年半くらい前から好きでした。
 去年はクラスも同じで
 仲が良いほうでしたが、
 今年になってからは
 あまり話さなくなってしまいました。
 私は想いを伝えることが
 なかなか出来ませんでした。
 想いを伝えようかと
 ウジウジ悩んでいた時、
 友達がこう言いました。
 「好きな人が告白してくれるのを
  待ってちゃダメだよ。
  自分が動かなきゃ何も変わらないよ。
  頑張りなよ!」
 私は心のどこかで、向こうが
 告白してくれたらと思っていました。
 けれどそんな可能性はないし、
 このままじゃ今までと同じだと思い、
 意を決して告白しました。
 けれど彼には好きな人がいました。
 彼は何度も「ごめん」と言いました。
 そして私の家まで送ってくれました。
 彼の家は反対方向なのに。
 彼がごめんと言ったときは
 涙はでなかったのに、
 悲しさに耐えられなくなって
 親友に電話して、
 彼女の声を聞いた途端
 涙が止まらなくなりました。
 彼女は
 「○○はもんのことは好きだよ。
  もんよりちょっと
  好きな人がいただけだよ。
  ○○がもんのことを
  嫌いなわけじゃないじゃん!」
 と言ってくれました。
 すごく心に響いて
 また涙が出てきました。
 彼とは同じ学校なので
 今も毎日会いますが、
 私は彼女のその言葉に
 毎日支えられています。
 失恋して悲しいことも多いけど、
 自分が強くなれた気がします。
 (もん)
 

私の妹はめっぽう英語に弱い。
 それなのに予習をしない。
 よりによって授業参観のときに
 Uncle(おじさん)を
 「ウンコロ!」と発音しちゃいました。
 あれからずいぶん経ちますが、
 ついこのあいだも、
 車のアンチロックブレーキのことを
 「ウンチロックブレーキ」
 と言うのを聞きました。
 (ねえちゃん)
 

3人兄弟の中で
 私は勉強もスポーツもダメダメな
 みそっかすでした。
 全ての人から期待されない少女時代、
 家庭訪問で母が、
 「上の子はよく出来るのに、
  この子はほんとにだめで」
 と苦笑していたところ、
 「お姉ちゃんはお姉ちゃん、
  お前はお前やもんな!」
 と言ってくれたA先生の言葉を、
 30歳過ぎた今でも忘れられません。
 そのままを受け止め、
 肯定してくれたことの凄さを、
 今でも感謝しています。
 ものすごく
 大きなものを教えてくれた一言です。
 (匿名のかた)
 

昔、パーマーやラコステなどの、
 ゴルフブランドのワンポイントマークが
 流行していた頃、
 母親(大正生)は洗濯物をたたみながら
 「福助の足袋、らこすけの靴下」
 と仕分けした。
 それ、ラコステの靴下なんですが‥‥。
 母親の若い頃「 福助の足袋」って
 憧れのブランドだったのかしら?
 (にゃんこ)
 

数年前まで
 某農業団体で指導員をしていました。
 指導員といっても、
 私は営農指導ではなく生活指導の方で、
 農家のお姑さんやお嫁さんたちの
 部会のお世話をしていました。
 貯金や共済を取ってくるわけでもなく、
 ひたすらおばちゃんたちが
 楽しく農業をやれるようにと、
 ストレス発散の場や
 健康の勉強の場をつくる企画を
 年がら年中やっていました。
 (農繁期はやりませんが)
 担当は自分ひとりで、
 同じ課の人たちでさえ、
 この仕事のことを誰も知らない、
 という感じでした。
 そんな風なので、担当になった
 最初の1年は大変でしたが、
 2年も経つと農家の人たちとも仲良くなり、
 次は何を企画しようかと、
 けっこうやる気だったんです。
 
 それが3年経った頃、
 いつものようにある企画の準備で
 走り回っていると、購買担当の係長から
 「また儲からんことばっかりして。
  金にならんことして、こっちが困る」
 と言われました。
 
 そりゃ、直接的にお金にはなりませんが、
 こういう間接的な仕事があるからこそ、
 この団体は成り立っている、
 と思っていましたから、
 自分のやっている仕事には
 誇りをもっていたつもりでした。
 でも、実際周りの人は
 そんな風にしか見てくれないんだなと、
 ショックでした。
 そのまま立ち直れず、結局それから
 数ヵ月後、別の仕事を選びました。
 
 今日のダーリンの
 「お金に結びつく仕事がえらくて、
  お金を稼ぎださない仕事は、
  えらくないっていうような考え、
  まだけっこう根強く
  残ってるからなぁ、この国に」
 に、はげしく頷いてしまいました。
 (ヤマグッちゃん)


(※バックナンバーのつづきは、明日、おとどけします)



↓デリバリー版の登録フォームは、こちらです!

「ほぼ日デリバリー版」は無料配信!

配信登録はこちら 配信解除はこちら
メールアドレス(半角)

メールアドレス(半角)

登録アドレス変更の際は、
「旧アドレス解除→新アドレス登録」でどうぞ!

デリバリー版への激励や感想などは、
メールの表題に「ほぼ日デリバリー版」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2003-05-13-TUE

HOME
戻る