ダ・ヴィンチ×ほぼ日刊イトイ新聞 共同企画 中島みゆきさんとの、遊び時間。 『真夜中の動物園』をめぐる120分。
その8 人が、動物の着ぐるみを着るとき。
糸井 今でも1枚のアルバムの中に、
少なくとも3種類ぐらいの歌い方があって、
みゆきさん、曲によって、変えていますよね。
そんな歌手っていうのも、
あんがい珍しいと思うんですよ。
力強く歌う「ハァーッ!」
というのがあるじゃないですか、
都はるみ型みたいな。
中島 ははははは。がなり型?
糸井 すごみ型? それと、朗々と、
歌として聴いてくださーいって、
いい声をちゃんと、
精一杯出しましょうっていう歌い方。
それから「なんとかだもんね〜」っていう、
日常会話みたいな歌い方。
こんなに3つ、
歌い方を変えているアルバムなんて、
世の中には、ないよ。
中島 いやいやいや。
糸井 ひとり三役だもん。
自分で決めてなかったら、プロデューサーに
「君さ、さっきと歌い方違わない?」って
言われるところだよ。
ライブでももちろんそうだしね。
── 歌い方で言うと、「ファイト!」って歌が
本当にすごいのは、
登場人物と関係ない人格が
サビを歌っているっていう、
そこがすごいところだと思うんですよね。
誰も継承もしないけれど、
大発明だったような気がするんです。(*)

*「ファイト!」1983年のアルバム『予感』収録。
 2007年のコンサート『歌旅』でも歌われた。

中島 あれが、さっき言った、
出たころはボロクソに言われた曲です。
「この曲は自分がいない」って。
糸井 あれ、発明ですよ。
魯山人の器に
南京豆を盛るようなことでしょう。
中島 ははははは!
糸井 ものすごい、益荒男ぶりみたいな、
でっかい器があって、
「ファーイト!」ってやるじゃない。
で、「私なんとかで」っていうところは
南京豆じゃないですか、
少女達じゃないですか。
あれはなんていうか、
このかたの総合性というか。
中島 ははははは、ないんすよ、
もともと、確たるものが。
まだね、模索中なんですの(笑)。
糸井 よろしいですね(笑)。
中島 はいー。試行錯誤の途中なの。
糸井 ぼくが同じようなことを言われたら、
「苦し紛れです」って言うよ。
中島 苦し紛れ、いいですね。
糸井 自分で投げかけた質問に対して、
答えが出せなくなって(笑)、
苦し紛れで、こうしたら、
それはそれでできたんじゃないかみたいな。
確かに「自分がいない」って
言われたときのことを想像しても、
「だって、ほかの人に、この歌作れないもん」
っていうやり方ですよね。
みゆきさんじゃない人が歌うと、
歌の中の人格と歌い手の人格が
同じになってしまうんですよね。
みゆきさんほど歌から外に出られないから。
中島 だから当時、メチャクチャ言われたんですよ。
特にあれが出たころって、
まだフォークソングから
ニューミュージックにどうたらこうたらって
時期だったから、
本人の生活から歌まで一貫して、
人格を丸出しみたいなふうに
曲が成立する感じがあったでしょう。
けれど「ファイト!」は
自分の言いたいことをなにも言ってないで、
人の言葉を借りて、
ただ歌っているだけじゃないか、
オールナイトニッポンに来たハガキとか、
あれをそのままパクって
書いているだけじゃないのかと。
言っちゃなんだけど、
パクリは一個もありませんよーって(笑)。
── それをパクリと思わせるのが
作家なんだということですよね。
糸井 素晴らしいですよ。
前奏がドラムだけみたいな、
あの排除した感じも、胸騒ぎするもんね。
あの気持ちは、なんにも変わっとらんね。
中島 解決していないですものね。
糸井 歳を取ってもね。
中島 解決しないもんですね、いろんなことってね。
糸井 そういうことなんだよね。
今回のアルバムにも、
箸休めみたいに使ってもいいですよっていう、
可愛い歌も入ってる。
いい加減、ゆるくしましょう、
って言っているけど、
ゆるんじゃいないよね。
テンションはちゃんと守ってますよね。
みゆきさん、これは、
多くの候補曲の中から選んで
アルバムにしたんですか、
それともこの数の歌が
最初からあったんですか?
中島 レコーディングする段階では
絞っていますけど、
その前の段階では、
何年にも渡って散らばっている
ものの中からですわね。
糸井 やっぱり。
ちょっと、その匂いがしたんですよ。
中島 一応動物系ということで、
あっちの動物、こっちの動物。
糸井 動物の着ぐるみですよね、これ。
「鳥獣戯画」だし、
耳を付けたり、毛を付けたりすると、
生々しくならないっていうか。
真っぱだかの話がしたいのに、
真っぱだかのまんまだとちょっときついから、
シロクマを着せてみましたとか(笑)。
中島 だははははは。でも満月になると
時々ヒゲ生えたりもする(笑)。
糸井 きっつい気持ちになったときって、
動物の着ぐるみを、
人は着るような気がするな。
だからけっこう意地悪なというか、
鋭いことをしたい時期かなと、
ぼくは思ったんですけどね。
いやみなことというか。
もっと穏やかな時期だったら、
はだかで、毛のない男と女とか出せたんだけど、
毛を付けておかないと角が立つっていうか。
中島 京都人みたいだわね。
糸井 歳取ると京都人になるんだよ、人って。
歳取ると意地悪になります? やっぱり。
中島 そうね、歳取ると、
当たりは柔らかくなるぶん、
底意地が悪くなってくるんでしょうかね。
糸井 切っ先はとんがりますよ、少なくとも。
でも、これ、刺しても、
誰も痛いって言わはらしまへんねん(笑)。
みゆきさんもこんなに深く刺してるのに、
誰も痛いって言わない。
三年殺しみたいなことをして。
中島 はははは、刺さってるのに気が付かない。
糸井 若いときには、もっと太いやつでさ、
「ガーン、イタタタ!」って言わせると、
「ほら」って言うんだけど。
歳取ると、だんだんズルくなって、
誰も痛いって言わないのに、
みんなちょっと落ち込んで帰ったわ、みたいな。
中島 家に帰って横になったときに、
効きますよ〜、みたいな(笑)。
糸井 そうそう、立てない! みたいな。
昔、みゆきさんのコンサートで、
ジョークのひとつなんだけど、
ペアのカップルが来ると憎らしいから、
一枚ずつ切符を売りますとか、
そういうようなことを言って笑いを取ったり、
本当にそうだったりしていたじゃない。
今はあんなことをする必要なんか全然なくて。
カップルでも、家族連れも、
みんないらっしゃいって言っていて。
そしてそのカップル同士がちょっとなにか、
いいんだろうかみたいな気持ちになるような
歌を歌っちゃったりして(笑)。
中島 おー、ふたりで並んでるのに。
いいですねえ(笑)。
糸井 でも本当は意地悪じゃないんですよね。
意地悪なところは、もともと本当はないんじゃ?
意地悪に終わらせたりしたことって、
今まであまりないでしょう?
中島 うん、昔は多少、
男イジメな詞を書きましたけどね。
だんだん、男の人も色々大変なんだなと思うと、
一応表立っては、バッサリはないですね、最近は。

(つづきます)
2010-10-22-FRI
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