ダ・ヴィンチ×ほぼ日刊イトイ新聞 共同企画 中島みゆきさんとの、遊び時間。 『真夜中の動物園』をめぐる120分。
その5 ぼくらを連れてくあの声。
糸井 きょうは、歌手としてのみゆきさんのことを
訊いてみたいと思ってるんですよ。
作家としての取材のときには、
ある程度人が考えていることと、
「ああ、合ってる、合ってる」となるけど、
歌手のほうが、もっと無意識だから。
“テーマのある歌い方”
なんておかしいですから、
そこの無意識部分で、
鳴っている人間、楽器として、
その快感みたいなのを訊いてみたい。
気持ちいいわけでしょう?
なんですか、あの、
レンズで光を集めて焦がすような‥‥。
中島 そうですか?
糸井 鳴ってますよ。
中島 そうですか、ありがとうございます。
うーん、“鳴り”ね。
“鳴り”っていうのはありますねえ。
糸井 だから、下手な歌の評論をする人は、
「この女がなにを考えてこう言っているのか、
 意味をよくとらえなさい」とか
「この人はどうしたの?
 この人にフラれたわけでしょう。
 じゃあ彼女の悲しい思いをね」
とか言うんですよ。
あれは全部間違いだと思う、
あんなんじゃー、鳴らない!
中島 あはははははは。
糸井 絶対に鳴らない!
で、逆に何言ってるかわかんなくても鳴る!
中島 うんうんうん、それはありますね。
糸井 何か思ってるから鳴るんじゃないんですよ。
中島 空気が鳴るんですよね、空気が。
糸井 みんなが“みゆきさんはきっとこう思ってる”
と想像してるようなもんじゃないんですよ。
だって何回もリハーサルして何回も歌ってきてさ、
芝居する時にその人になりなさいみたいな
古臭い歌い方で、あんなに人は喜ばない。
それだったら、
お前のことはお前だろうってなっちゃう。
そうじゃなくて、ぼくらを連れてくんだもの、
どこかへ。
中島 うふふふふ。
糸井 ひれ伏してますよ、ぼくら。
中島 えええええ〜。
── タイトル曲の『真夜中の動物園』なんかは
特にその正体不明で得体の知れない
“鳴り”みたいなものを感じました。
中島 ああ、鳴りましたね。あれは鳴りました。
糸井 音量小で鳴ってますよね。
中島 はははははは、鳴りましたね、うんうん。
それとね、歌で空気が鳴るでしょう、
物理的に鳴るんだけれども、
アカペラで歌っているわけじゃないので、
ミュージシャン何人かが一緒に、
舞台なら舞台での人数、
スタジオならスタジオの人数で
一緒に歌ったとき、
彼らがやっぱり鳴るときがあるのね。
彼らが鳴ったときと、
こっちが鳴ったときが一緒になったとき、
空気が共振して、何倍にも鳴るのね。
この、なんというかね、真空の、
どっか行っちゃった、みたいな‥‥。
糸井 気持ちいいだろうねー。
中島 ね、ね、あるんですよ、そういう瞬間がね。
これはね、やめられませんよ。
糸井 それは(歌の)作り手には味わえないんですよ。
シンガーなしでソングライターだったら
それは羨ましいと思って聴くんですよ、きっと。
中島 きっとソングライターは
ソングライターなりの、
喜びはあるでしょうけれどもね、
物理的に、肉体で
それを味わえるっていうのは、
やっぱり肉体を使った仕事ですよね。
── それは糸井さんの仕事の中では、
ないことなんですか?
糸井 ない。
中島 いや、あると思う!
あのさ、ペンが勝手に
動いていくときってないですか?
糸井 それはありますね。
中島 誰かに持たれているみたいに。
それ、鳴ってると思いません?
糸井 でもね、観客が自分なんですよ。
中島 ああ! 密かな世界ね。
糸井 だからたぶん書道家なんかにも
言えるんだと思うんですけど、
軌跡そのものの中にいるんです。
言葉が、編んでいかれるみたいに
できていくっていうのは、
ものすごく自分で考えて作っているときと、
考えている以上にできているときというのが、
やっぱりあるわけだから、
みゆきさんの「歌詞を忘れちゃう」というのも、
それが理由なんですよ、たぶん。
だけど、観客が自分だと、
「いい!」って言っても
しょうがないんですよ(笑)。
まず鳴っているものが
バーッと出ていく快感があって、
それが向こうに移って、客席の表情の中に
「届いてる!」ってさざ波が、
ザザザザザッ! と広がって、
そのエネルギーがこっちにまた返ってきて、
またズバーンっていかせてっていうのは、
そんなの、書いているときに
あるわけないじゃないですか。
中島 いや、時間差で
あるかもしれないですよ(笑)。
糸井 それは3人しか聴いていなくても、
1万人聴いていても、
やっぱり聴いている人のところに
音波が届く、というあの快感は、
ひとりでお風呂で歌っているのと
違いますからね。

(つづきます)
2010-10-19-TUE
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