「八ヶ岳倶楽部」編 今回の先生/柳生真吾さん
名前その64 ギボウシ
「八ヶ岳倶楽部」でのみちくさは、これで最後になります。
しずかな雑木林を歩き、
おもての道路をぐるっとまわって、
いよいよゴールと思ったところで、
柳生さんが言いました。
「最後に約束していたあれをお見せしないと」
約束のあれって?
「八ヶ岳倶楽部」の入り口あたりの植え込みを
柳生さんが指さします。
柳生 吉本さん、ほら、あれですよ。
吉本 え? あれ?
柳生 あるでしょう、大きなやつが。
吉本 これですか‥‥?
柳生 そう、これです。
吉本 ‥‥これはもしかしたら、ギボウシ?
柳生 正解!
そうです、ギボウシ。
吉本 ああー、ギボウシの花。
柳生 雑木林を入ってすぐに、
たしかミツバをみつけたときに
ギボウシのつぼみを見つけましたよね。
吉本 はい、はい。
つぼみの形が、橋の欄干についてる
擬宝珠に似てるから、ギボウシ。
柳生 そうそう。
あ、ここにもつぼみがありますよ。
吉本 ほんとだ。
柳生 たしかこのあたりに、
花が咲いてるやつがあるなあと思ってたので。
いやぁ、よかったです、咲いてて。
吉本 すごうですね、これ。
わたし、こんなに大きな
ギボウシを見たの初めてですよ。
柳生 これはね、オオバギボウシです。
吉本 オオバギボウシ。
柳生 ギボウシにも、いろんな種類があるんです。
吉本 オオバというだけあって、
ほんとに葉っぱが大きい!
柳生 ギボウシはユリの仲間で、
きれいな花が咲くんですよ。
イギリスではパーフェクトプランツと
呼ばれているんですよ。
吉本 完ぺきな植物。
柳生 日陰でも育つ。
日向でもOK。
乾燥地もジメジメした所もOK。
主役にもなるし、
名脇役にもなるっていう、
すばらしい植物であると。
吉本 へええー。
柳生 イングリッシュガーデンでは
パーフェクトプランツですが、
日本ではそれを食べるという(笑)。
吉本 ほんとだ。
日本人は、いろんな植物を
食べちゃいますね(笑)。
柳生 それだけ豊かなんでしょうね。
身のまわりに、いっぱいあるから。
吉本 なるほどぇ‥‥。
いや、それにしても大きい。
大きな、ギボウシ。
柳生 大きいギボウシもあれば、
かわいらしいギボウシも。
ほら、そっちに(移動)。
吉本 わあー(移動)。
この子たちもギボウシなんですか?
柳生 そう、うちで販売している子たちです。
吉本 へえー、いろんなギボウシが‥‥。
柳生 と、いうわけで。
‥‥ゴールですね。
吉本 はい、戻ってきましたね、
スタートした場所に。
柳生 戻ってきました。
到着ー。
吉本 到着ー。
お疲れさまでした、ですね。
柳生 吉本さん、疲れてないでしょう?
吉本 はい、ぜんぜん(笑)。
柳生 たのしかったですからねえ(笑)。
吉本 はい。
おおげさに聞こえるかもしれないですけど、
ちょっとした夢だったんです。
ここに来ることが。
柳生 うれしいなぁ、
そんなふうに言っていただけて。
吉本 きょうは夢がかないました。
「みちくさの名前。」続けててよかった(笑)。
柳生 こちらこそ、
こういう再会ができて
ほんとにたのしかったです。
吉本 ありがとうございました。
柳生 ありがとうございました。
大きな大きなギボウシの名前を覚えて、
「八ヶ岳倶楽部」編は終了となりました。

柳生真吾さんの先生ではじまった
「みちくさの名前。」が、
もう一度、柳生真吾先生のところに戻ってきて、
ひとつの節目のようなものを感じています。

ここまで、けっこうな数の
植物の名前を覚えてきたはず‥‥ですよね?
世の中には、もちろんまだまだたくさんの
みちくさはありますけれど、
誰かにちょっと教えてあげられるくらいには、
なれましたでしょうか?
「もしかしたら、ちょっと言えるかもしれない」
くらいのお返事をいただければ、
こんなにうれしいことはありません。

これからも、
ちょっとずつでいいので、
みちくさの名前を覚えていきたいですよね。

「みちくさの名前。」は、
ずっと笑顔にあふれた取材のコンテンツでした。
それは、吉本由美さんの明るい好奇心と
先生方のたのしい授業のおかげです。
やさしい先生方に次々と出会えたことは、
ほんとにもう、「幸運」というしかありません。

機会がおとずれたら、
また吉本由美さんと
みちくさをさがしにいこうと思います。
もちろん、すてきな先生といっしょに。
その日がきたら、またお会いしましょう!

いっしょに「みちくさ」をしてくれたみなさん、
ありがとうございました!!



編集・レポート部分の文章/山下哲
写真・ページデザイン/田口智規
進行・ページ制作/茂木直子
 
吉本由美さんの「ギボウシ」
 

「みちくさの名前。」を始める前から、
『牧野植物大図鑑』は愛読書だった。
机の横に置き、
ひまをみてはページをめくって植物の世界に浸った。
出先で見知らぬものに出会うと、
家に帰ってすぐに開いた。
これがあるからいつか植物には詳しくなれる、
そんなような気がしていた。

しかしそれは単なる気のせいだったのだ。
906ページもあり、
ヘマして足の上にでも落下させたら、
甲にひびのひとつやふたつは走るだろう
角張った重いその書物には、
牧野博士が採集した標本およそ60万点の中から
2556種の植物が紹介されている。
ひまつぶしにとはいえ何年も、
博士手描きの植物画と名前と解説文を
見て読んで結びつけて、
心のよりどころとして来たからには、
この“みちくさ”の散歩の途中、
すべてでなくても某かの名前は言い当てられるだろう、と
高をくくっていたのだったが、
実はほとんど言い当てられずに
愕然としたまま、
こうして最後の日を迎えている。
何のために読んでいたのか。
残念でしかたがない。
机上の記憶は砂上の楼閣みたいなものか。
それともこれは、
「記憶力の低下」という個人的な問題なのか。

と、嘆きつつ、
最後の名前となったギボウシを
調べようと『牧野植物大図鑑』を開いた。
すると見開きの2ページに亘り、
オオバギボウシ、ギボウシ、スジギボウシ、
ミズギボウシ、イワギボウシ、
と5つの美しい精密画が並んでいた。
柳生さんからお聞きしたとおりに、
葉の大きさ、形、模様、花の付き方
などの違いが説明されていた。
しかし、ふむふむと読み込むうちに、
あれ? と天井を見た。
ギボウシの“名前の由来”がどこにもないのだ。

『牧野植物大図鑑』が
他の植物図鑑と大きく異なる理由の一つが、
植物のその名の由来が
すべてとまでは言わないまでも数多く、
添えられているってことにある。
そしてその解説が、
やたら味わい深くて面白いのだ。
「植物学の父」と呼ばれる
牧野富太郎博士は文久二年(1862年)生まれである。
明治・大正・昭和という三つの時代を
植物ひとすじに生きた人だ。
そういう人の文章には自然と歴史の匂いがする。
明治・大正・昭和初期の文士のような匂いというか。
図鑑を見るというよりも
古い書物を繙くような気分になるというべきか。

たとえば、
ウマノスズクサ
=果実が馬の首にかける鈴に似ることによる。
ノミノフスマ
=小形の葉をノミの夜具にたとえた名。
マツモト
=花形が松本幸四郎の紋所に似ているのでついた。
イヌコリヤナギ
=柳行李に似ているが役に立たないところからいう。
センブリ
=熱湯の中で千回振り出してもまだ苦味が残るという意味。

・・・キリがないからこのくらいにするけれど、
おそらく若者には判りかねるであろう古くさい感じが
年長組にはこの上なく懐かしくて愉しく興味深いのだ。
 
(小さな声で)ちなみにコリヤナギとは
行李や籠を編む材料になる柳のことですよ。

なのに、と話はやっと本題に戻るけれど、
そこまで名の由来にこだわる博士なのに、
ギボウシの項では
まったくそれには触れられていないのが
不思議でしかたないのである。
2ページに亘り5種類も紹介していながら、
名前の解釈はひと言もない。
いかにも博士好みの名前と思うけれど、
無視ぶりは徹底している。
国語辞典でさえ、
欄干の柱の頭の飾り物と並べて解説しているのに、
どうしてだろう?

国語辞典で言われちゃ終わり、
私が言うことは何もない、って
ことだろうか。
あるいは、
欄干の柱の頭についている擬宝珠と
ギボウシの花が似ているとは
思わなかったからだろうか。

なんにせよ、
この“無視”的ページからも
博士のお人柄の一端が覗けた気がして、
これはこれでほくほくなのだけれど。

 

 

今回のみちくさは、柳生真吾さんが代表をつとめる
『八ヶ岳倶楽部』の雑木林で行われました。
ですので「八ヶ岳倶楽部編」では、
この雑木林を散策する様子をお届けすることになります。

なのですが、『八ヶ岳倶楽部』には雑木林のほかにも、
きもちよくてすてきな魅力がいくつもありました。
せっかくなので、
すこしご紹介させていただきますね。

『八ヶ岳倶楽部』は、
「雑木林」「中庭」「ギャラリー」「ステージ」
そして「レストラン」という、
5つの施設で構成されています。

こちらが、「中庭」。

ここでは季節ごとの植物が販売されていました。
スタッフのみなさんの手入れが行き届いた空間。
ちいさな植物園のようです。

「中庭」から隣接する建物に入ると、
そこは『八ヶ岳倶楽部』の「ギャラリー」です。

常設のギャラリーとして、
様々な作家さんの作品が展示販売されています。
柳生真吾さんの著作物や、
ちょっとしたお土産もこちらで。

雑木林の中には「ステージ」と呼ばれる、
展示会場がありました。
季節にもよりますが、
ここではいろいろな作家さんの展示会が
常に行われているそうです。

そして、こちらがレストラン。

涼しい風が通り抜けるテラス席で、
八ヶ岳倶楽部オリジナルの
「フルーツティー」をいただきました。

すごいでしょ?
リンゴ、オレンジ、キウイ、メロン、イチゴ、レモン、巨峰
なんと7種類のフルーツが入った紅茶です。

ガラスのティーカップにそそげば‥‥。

まろやかな香りが、林からの風に混ざって‥‥。

ポットの紅茶は、ゆっくりと味を変化させていきます。
最後の一滴までいただきました。

そんな、
『八ヶ岳倶楽部』で過ごす気持ちのいい時間を、
こころからおすすめさせていただきます。
機会がありましたら、ぜひ訪れてみてくださいね。

『八ヶ岳倶楽部』について、
詳しくはこちらのHPからどうぞ。

真吾さんをはじめ、
スタッフのみなさんのブログも充実。
きれいな写真もたーくさんあるんです。

 
2010-09-30-THU
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