「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その30 ギシギシとアレチギシギシ
気がつけば雨は止んでいました。
傘をたたむ吉本さん。
でも相変わらずの曇り空。
またいつ降り出してもおかしくない様子です。
ちょっとだけ、先を急いだほうが
いいような気がするのですが‥‥。
どうやらおふたりに、そのつもりはないようで。

のんびりとした足取りで、
小さな川沿いでの「みちくさ」は続いています。

吉本 雨、止みましたね。
梅田 あ、そうですね、気づかなかった(笑)。
吉本 あんまり大雨だと困っちゃうけど、
このくらいのお天気だと
みちくさにはいいのかもしれない。
梅田 はい、かんかん照りは、疲れますから。
吉本 しっとりしてると、植物もきれいに見えるし。
梅田 はい、そうですね。
‥‥あ、吉本さん、これはあれですよ、
ギシギシです。
吉本 ギシギシ?
梅田 ええとですね、
ギシギシか、アレチギシギシか、
どちらかなんですけど‥‥。
それともナガバギシギシかなぁ。
(ルーペを取り出す)
吉本 種類があるんですか。
梅田 この仲間はいろいろあるんですよ。
ギシギシ、アレチギシギシ、
エゾノギシギシ、ナガバギシギシ‥‥。
吉本 そうか‥‥これがギシギシなんだぁ。
梅田 ギシギシの仲間はですね、
いろんな見分け方があるんですが、
実の形を見る方法がわかりやすいと思います。
‥‥うん。これは、ギシギシです。
吉本 名前は知ってましたけど、初めて見ました。
梅田 ルーペで見てみますか。
吉本 ありがとうございます。
梅田 実の形を見れば一目瞭然なんですが、
これをお伝えするのは難しいかもしれません。
果実の縁に小さなトゲトゲがあるのがギシギシ、
トゲトゲが長く突き出してればエゾノギシギシ、
トゲはなく、ごく浅い
波型の凸凹だとナガバギシギシ。
言葉で説明すると、ややこしいですよね(笑)。
‥‥(ルーペは)見えますか?
吉本 ええ、見えてます。
梅田 はい。
それで、この資料を見てください。
ここにありますよね、
小さなトゲトゲが果実の縁に。
吉本 ‥‥あ、ほんとだ。
これでした。
梅田 できればこういう資料と、
ルーペを持って出かけると、
いろんなことがわかるんですよ。
吉本 そうですね。
梅田 はい。
で、そこにもギシギシの仲間がありますよね。
吉本 え?
‥‥その茶色いのも、ギシギシ?
梅田 そう、その仲間です。
吉本 これは、枯れちゃったんですか?
梅田 枯れたというか、
すごく熟した状態です。
吉本 へえー。
熟すとこういう色になるんだ。
梅田 そうですね。
これもルーペで見てみましょう。
ちょっと実をちょうだいして‥‥。
吉本 ‥‥どうですか?
梅田 こっちは、アレチギシギシですね。
ギザギザがなくて、のっぺりしている‥‥。
見てみますか。
吉本 はい。
(ルーペで見て、資料を確認)
ほんとだ、アレチギシギシだと思います。
梅田 はい。
吉本 うーん‥‥。
ぜんぶを覚えるのも
見分けるのもむずかしいです。
でも、この形の植物を見かけたら
「あ、ギシギシの仲間」
って言えるようにはなりました(笑)。
梅田 そうですね、それだけでも楽しいです。
吉本 資料とルーペがあれば、もっと楽しい。
梅田 はい。
あと、ギシギシはですね、
春になると山菜料理として食べるんです。
吉本 食べられるんですか。
梅田 ええ、白い薄皮につつまれた新芽を食べます。
薄皮を取るとヌルヌルした新芽がでてきます。
吉本 揚げたりするんですか?
梅田 いえ、ぼくは茹でて、二杯酢で。
ヌルヌルした食感を楽しんでます。
丘(おか)ジュンサイという別名もあるんですよ。
吉本 へええーー。

ギシギシの仲間のかたち、覚えました?
梅田さんのおっしゃるように、
資料とルーペをもって出かければ、
もっと「みちくさ」がたのしくなりそうですね。
ちなみに梅田さんがこの日見せてくださったのは、
『野草図鑑 (8) はこべの巻』という本でした。
ただしこちらは分冊されている書籍で
ぜんぶそろえると高価なセットになります。
写真で果実を比較して
わかりやすく掲載されている図鑑としては
『日本帰化植物写真図鑑』という本もおすすめだとか。
参考にしてくださいね。

ところで、吉本さん、
ギシギシの名前だけはすでにご存知だったようです。
今回のエッセイには、
なぜこの名前を知っていたかが記されています。
すてきでたのしいエピソード、ぜひお読みください。

次の「みちくさ」は、金曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でまいります。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「ギシギシとアレチギシギシ
 

ギシギシ


アレチギシギシ

昔、同じ職場に山岸さんという男性がいた。
5歳くらい年上の、
面倒見のいい優しいお兄さんという感じの人で、
親しみを込めて「ギシギシさん」と呼んだ。
「ねえ、ギシギシさん」と私は猫なで声を出す。
「6時からの試写をどうしても観たいから、
 今日は早めにフケていい?」。
するとギシギシさんは
仕事の手を休めることなく背中を見せたまま
「あいよ、あとはやっとくから行っといでー」と言う。
無知で無能な二十歳の娘は
なんでもかんでもギシギシさん頼みだった。

以来、野の草や生薬の本などに
ギシギシという四文字を見つけると、
ギシギシさんの餡パンみたいな丸い顔が、
飛び出し絵本みたいにぴゅーっと立ち上がる。
だからギシギシには何となく彼の
“のどか”なイメージが重なるのだけれど、
実際どういう草なのかは長い間の謎だった。
道端歩きはよくしたが、教えてくれる人がいなかった。

そういうことから梅田さんに
「これがギシギシ」と教えてもらったときは
長年抱えてきた荷物の一つを下ろしたような気分になる。
どれどれ、と梅田さんの指さす先を心弾ませ辿り見れば、
えっ、おや、いや‥‥意外。
なんとも“いがらっぽい”感じの、
背丈1メートルはある大雑把な感じの、
丸みやのどかさは皆無な感じの、
大声でわめく野武士の感じの、
そう、ちょうど世界のミフネ的感じを漂わす、
ギシギシさんとは正反対の様子の草が、
にょきにょきと生えていたのだ。
これだったのかー、ギシギシって。

しかしよく考えると
「ギシギシ」と発音したときの口に残る軋み感は、
ギシギシさんのまろやかさより
ミフネの無骨に通じるものがある。
別名もウマスイバ、ウマダイオウ、ウシクサ、
シブクサ、ジゴクノネ、など、
粗雑な感じを匂わせるものばかりだから、
人に迷惑をかける嫌われ者の輩かと思いきや、
古来から生薬や食糧として大いに人の役に立ってきた
輝かしい歴史を持つ植物なのだ。
ギシギシという和名は、
花穂をしごいて取ろうとすると
ギシギシという音がするから。
鈴のように並んで付いた花序を振ると
ギシギシという音がするから。
若い葉を3、4枚つかんで引っ張ると
ギシギシという音がするから。
などの諸説がある。
それにしてもこの野太い植物の、
見るからに大味なような葉っぱを、
梅田さんは「食べる」と言うが、おいしいのだろうか、と、
家に帰って甘糟幸子さんの
『野草の料理』という本を繙くと、
おお、ありました、ギシギシの項。
それによれば食べ方は、
「新芽が、薄い袋をかぶって
 太い筆のような形ででてきたところを集めます。」
とある。
そうか、あのミフネのようなコワい葉っぱではなく、
新芽を食べるのだ。
熱湯で茹でて、薄く切ったら水にさらし、
だし汁を取っておひたしに。
独特のぬめりが出て、それがジュンサイに似ているので、
昔から“丘(おか)ジュンサイ”と呼ばれ、
酒の肴には絶好ということだ。
ギシギシがヌルヌルになるのであれば、
モロヘイヤのような味かもしれない。
ヌルヌル好きなので俄然食べたくなった。
来年の春、湿り気のある道端を歩くときは要注意である。
2009-08-25-TUE
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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN