「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その28 ガガイモ
東京西部を流れるちいさな川に沿って、
吉本さんと梅田さんの「みちくさ」は続いています。
午前中の空気は澄んでいて、
とても気持ちがいいのですが、心配なのはお天気。
今にも降り出しそうな空模様です。

梅田さんが、柵の方を指さします。
またひとつ、
名前を教えてもらえるみちくさを見つけました。

梅田 あ、そこに、ちょっと、
つるが巻きついてますね。
吉本 柵のところに。
さっきのヘクソカズラに似てますが。
梅田 はい、似ています。
でもこっちは、すこしツヤがあって
厚ぽったいでしょ?
吉本 ええ、そうですね、厚ぼったい。
梅田 葉の脈も白くめだちますし。
これは、「ガガイモ」という名前です。
吉本 ガガイモ。
梅田 ガガイモ。
吉本 イモ科なんですか?
梅田 いえ、科でいうと、ガガイモ科になります。
吉本 ガガイモ科っていうのがあるんですね。
梅田 ええ。
おイモのような実がなるんですけど、
その実の内側が
鏡のようにピカピカ光ってるんです。
だから、カガミイモ、カガミイモ‥‥ガガイモ。
吉本 へえー、それでガガイモ。
梅田 そうですね。
ガガイモの名前の由来には諸説あるんですが、
私は、鏡からきたと思っています。
吉本 鏡ですか‥‥。
梅田 それでですね、
実の中にはタネがあるわけですが、
そのタネには、こう、長くて細い繊維状の
毛がたくさんついているんです。
吉本 ああ、その毛で、風にのって。
梅田 そうです、タネが散布されるわけです。
吉本 ふわふわと。
梅田 ええ。
その、ふわふわとした部分がですね、
タネからはずれて、
それだけで飛びまわることがあるんです。
吉本 ふわふわだけで。
梅田 はい。
ほんのわずかな空気の流れでも
生き物のように、クモのように動くんですよ。
吉本 クモのようにですか。
梅田 ケサランパサランってご存じですか?
吉本 ケサランパサラン。
なんか、謎の生き物のことですよね?
梅田 はい。
ケサランパサランの正体は
このガガイモの、長い毛なんじゃないかという、
そういう説があるんです。
吉本 ええー。
ケサランパサランは、ガガイモ?
梅田 あとは「テイカズラ」という
ガガイモに近い植物があって、
これも同じようにタネに長い毛がついていて、
はずれるとふわふわ動き回るんですよ。
そういうのがケサランパサランの正体だと、
私は思っています。
吉本 うーん‥‥
そういえば時々ありますよね?
何か、白いのがもわーっと。
梅田 はい、もわっと。
こう、ひそやかにうごめく感じ。
吉本 そうなんだー。
ケサランパサランって、
もっと不思議なものかと‥‥‥‥ん?
梅田 どうしました?
吉本 ‥‥雨?
梅田 ‥‥ああ、ちょっと、きましたね。
吉本 傘、さします?
梅田 まだ大丈夫でしょう。
やむかもしれないし。
吉本 先に進みましょうか。
梅田 そうですね、行きましょう。
滑るので気をつけてください。
吉本 はい。

ケセランパサラン、みなさんご存じでした?
不思議なふわふわの生き物(?)の情報は、
ネット上で検索すればたくさん見つかると思います。
興味のあるかたは調べてみてくださいね。
で、そのケセランパサランの正体は、
ガガイモのタネからはずれた「毛」だった‥‥。
そんな説があったんですねえ。

さて、小粒の雨が降ってきました。
本降りにならず、やんでくれるといいのですけれど‥‥。

次の「みちくさ」は、金曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でまいります。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「ガガイモ」
 
5、6年前だったかなあ。
夕方のテレビニュースで
「未確認物体の謎に迫る」みたいな特集をやっていた。
数日後他局でも同様の番組を流していたから、
その頃ちょっとしたブームになっていたのかもしれない。
いろんな人が「ふわふわしたのを見た」と証言し、
「どこそこのお宅では育てている」
と取材班に密やかに告げ、
それを「ケサランパサラン」と呼ぶそうなのだが、
それが何かはいつまでもハッキリしない。
花の冠毛のようだ、羽毛のようだ、兎の尻尾のようだ、と、
ようだようだのパレードで、
また「やらせかしら」と思っていると、
ついに“家宝として蔵に置いている”という人が現れ、
取材班はそのお宅へと突入した。
私もついそそられて見続けたのだが、
よく考えると「だからナンなのよ」とも思う。
ふわふわしたのを見たからナンだ、
持っているからナンなのだ、と。
そこのところもハッキリしない。
しかし、その御仁、嬉しそうに蔵に案内し、
お宝めいた箱を取り出し、
「中で生きているんですよ」などと言うから、
こちとらさすがにドキドキしてきて
画面を食い入るように見ていると、
ここにきて‥‥ここまで引っ張っておいて‥‥
何と御仁は
「蓋を開けると死ぬので開けられない」と言うのである。
何を今さら。
「バッカみたい!」と叫んで
ブチッと電源切ったのは私だけではなかったはずだ。

それがケサランパサラン騒ぎだった。
だから目の前の、
ヘクソカズラとよく似た蔓状の植物の綿毛を
そう呼ぶと聞いたときは、
腰から膝からへなへなと、力が抜けていくような気がした。
あの騒ぎはいったいナンだったのだろう。
正しくは綿毛ではなく“種髪”(しゅはつ)と言うそうだ。
初冬、膨らんだ果実が裂開し、
中にびっしりと入っていた種は、
ふわふわの長い種髪に連れられて空を漂う旅に出る。
その旅は、お天気しだい、風しだい、
なるようになるさケセラセラ。
というわけで、
ケサランパサランの語源は
スペイン語の「ケセラセラ」という。
種がぜんぶ旅立ったあとの
実の内側がピカピカに光っている、
という事実もすごいが、
種(しゅ)の存続のための旅の乗り物が
極上の絹糸のように艶やかで宙にふわふわ浮かんでいる、
というのも相当に素敵である。
2009-08-18-TUE
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