80's
『豆炭とパソコン』のひとり旅。

第7回

とりあえず、販売部の指示に従って
「実用書にする」という路線を前提に
企画の検討をスタートしましたが、
本のイメージが頭の中で具体的になるにつれ、
その方向性に違和感を感じるようになりました。

高齢者向けのパソコン実用書に仕立てることが
果たして本当に、糸井さんの言う「幸せな本」に
当てはまるのでしょうか?
もちろん、実用書が「幸せな本」に成り得ない
というわけではないでしょうが、
この「80代〜」を本にすることの意味を考えると、
何かしっくりこないような気がしてきたのです。

この本を実用書にすると考えた場合、
ターゲットとなる読者層は
どうしても高齢者ということになります。
でも「80代〜」を読んで面白いと考える読者層の中心は、
高齢者というにはあまりにも若い人々だと思われます。
ということは、本に仕立てた場合も、
対象読者を高齢者に絞る必要はないわけです。

それならばと、改めて
「この連載のどこに面白さのポイントがあるのか?」を
考えてみるに、
「高齢者がパソコンを習得していく過程でのスッタモンダ」
という点は大前提として、
それ以外におおまかに次の2点がカギであるという
結論に達しました。
1.50年間で数えるほどしか会ったことのない
  実の親子が、インターネットを介して再び
  つながりを取り戻したときに、一体何が起こるのか?
  2人の関係性に何か変化が起きるに違いない、
  という期待感。
2.おそらく多くの読者が頭の中で想像する
  「80代の暮らしぶり」とは少し違った、
  思いがけなくバイタリティに溢れた日常の生活を
  垣間見ることの新鮮さ。

これで仮に、実用書として役に立つものに
仕立てるとすれば、
実用の情報をたくさん盛り込むために
連載原稿から読みとれる登場人物の人柄や
それぞれの関係、暮らしぶりの面白さなどを
大幅に削ぎ落とさなければなりません。
それではあまりにももったいないという思いが
募ってきました。

上司のミヤケ課長も、実用書路線には
当初から反対のようでした。
「この連載が終わってみないとわからないけど、
 手紙でも電話でもなく、
 インターネットでやりとりする距離感こそが、
 離れていた親子のコミュニケーションには
 ちょうどよかったんだ、っていうような話も、
 結論として見えてくるんじゃないかなあ・・・。
 これは、きっと読み物のほうがいいよ!」

確かに「80代〜」の連載を読む限り、
このケースにおいては少なくとも
インターネットは人と人をつなぐ、
紛れもない「いい手段」であったのですが、
ひとたび世間に目を向けると、
当時、たまたま「東芝問題」が真っ盛りで
インターネットは「便所の落書き」とまで言われ、
ずいぶんと悪者扱いされていました。

「そうだ! インターネットは、
 こんなに心温まる交流を生みだす可能性を
 秘めているのだ、ということを
 この本で訴えることができるかもしれない!」

そんなことを、あれこれ考えた挙げ句、
実用書の線はとりあえず横に置いておき
「お年寄りの明るく元気な日常の暮らし」と
「インターネットが持つ可能性のひとつを象徴する
 母と子の物語」
というあたりにポイントを置いた読み物としての企画案を
編集部サイドの意向として、
まずは糸井さんに投げかけてみよういうことになりました。

そうして緊張しながら初めて鼠穴の扉を叩いたのは、
去年の8月のことでした。



『豆炭とパソコン』
糸井重里著
1400円
世界文化社
ISBN: 4-418-00520-X

2000-10-31-TUE

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