magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


お神輿イリュージョン

「◯◯が今年も長期公演をします。
 舞台ショーのなかに
 マジックを入れたいとのことで、
 演出をやってみてくれませんか」

どんな依頼にもNoとは絶対に言わない私である。
その時点でなんのアイデアもないのだが、
ふたつ返事でOKをした。

まずは、◯◯座長の芝居の
稽古風景を見学することになった。

座長がしんみりと、
「私はもう、あれこれ言いません。
 役者さんたち、それぞれ
 考えてきてくれていると思います。
 どうぞ、好きに演じてみてください」

立ち稽古が始まり、仮舞台の袖から
役者さんがさっそうと飛び出す。

と、座長すぐさま、
「ちょっと待て。
 今、なぜ左足から出てきたの?」

役者さんは大いに動揺し、
「えぇっと、それはつまり、あのぅ‥‥」

「好きに演じろって言うから、
 好きに左足から出てみました」
なんて、とても言える雰囲気ではなかった。

この瞬間、私はマジック演出を引き受けたことを
後悔し始めた。

◯◯座長の、舞台にかける意気込みの厳しさ激しさを
目の当たりにしたからである。

依頼を受けた時は、役者さんが舞台でやろうという
マジックだし、売り物のマジック道具を
ちょいと指導すればいいや、
なんてお気楽に考えていたのだ。

案の定、持参したマジック道具を見せると
座長すぐさま、
「これは、オモチャかい。
 私がやりたいのは、今まで誰もやってない、
 世界でただひとつの大ネタ、
 すごいイリュージョンなんだよ」

別室で企画会議が始まった。
座長を囲んで、大きなテーブルに音楽、振り付け、
全体演出の先生方が沈鬱な表情で席を埋めている。

座長が再び、
「今までにない、誰にもマネできない、
 究極の舞台にしようと考えている。

 演出も、それに今回取り入れるマジックも、
 唯一無二のものにしたい。
 さぁ、みんなの素晴らしいアイデアを聞かせてくれ」

皆さん、座長の厳しさが身にしみている方々であり、
軽々に意見を述べる人など皆無。

ただただ、沈黙が続く。
座長は腕を組み、スタッフの青白い顔を凝視している。

重苦しい空気のなか、誰かが、
「で、マジックの方は、なんか、具体的にあるの?」

まずい、こりゃ相当にまずい。
私は、ハードパンチのボクサーの前に差し出される
サンドバッグではないか。

座長の声が静かに、だが重く響いてきた。
「そうだねぇ、まずマジックの演出を聞こうか。
 あるよな、誰もやってない、すごいイリュージョン」

追い詰められた私を哀れに思ってくださってか、
神様が素晴らしいアイデアを
私の脳みそにささやいてくれた。

「では、素晴らしいイリュージョンのアイデアを
 説明します。
 これはですね、いわゆる
 お神輿イリュージョンてやつで‥‥」

骨組みだけの、空っぽのお神輿が
若い衆に担がれて舞台に登場する。

わっしょいわっしょい、
大きなウチワを持った四人が神輿の四隅を囲み、
すぐさま離れると、
空っぽの神輿の中に、いつ、どこから現れたのか、
◯◯座長がイナセな着物姿で出現。

観客席から思わず、
「いよっ、待ってました!」
の歓声必至。

もう十年も前から考えていたごとく、熱弁また熱弁。

私の提案は一発採用、
『お神輿イリュージョン』は万が一の破損がないよう
アルミ製になり、座長の望み通り、
世界にただひとつの大マジックになった。

鼻高々の私に経理担当者が近づいてきて、
「ねぇ、あのマジック道具、
 アルミなもんだからウン百万。
 高級外車並み、まったく、しょうもないもん、
 考えてくれたもんだよ」

マジックの演出は色々と難しい、やれやれ。


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2018-08-12-SUN
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