卵が割れたら
スーパーに買い物に行った。
卵を買わなくっちゃ。
６個入りの、いつもの卵。
棚には何種類かの卵ケースが積まれている。
奥の棚の、６個入りケースを手に取った。
伸ばした左手が、かすかに隣の卵ケースに触れ、
６個入りのケースが棚の２段目、３段目と
転がり落ち、ついには床にガシャン。
卵はケースの中で割れているようだ。
黄身液がケースの外に漏れ出ている。
６個とも割れてしまったみたいだ。
しまった。
私は狼狽した。
今まで、卵ケースを落としたことなど
なかったのに。
うっかり、つい、ほんのちょい、
手元が狂ったのだろうか。
今までだったら寸前でキャッチできたのに。
どこかで食い止められたのに。
困惑のまま、私は卵のケースを拾い、
棚に戻すという暴挙に出た。
左手の指に、漏れた黄身の液がついた。
激しく動揺し、私はそのまま棚から離れてしまった。
しかし、すぐに卵の棚に戻り、
棚の割れた卵ケースを床に戻し、
ソーセージを補給している店員さんに声をかけた。
「あの、卵を、落としちゃったんですが」
店員さんは、ほんの少し悲しみが混じったような声で、
「あぁ、大丈夫ですよ、そのままで」
と言い、補給作業を続けた。
ホッとするでもない、安堵するでもない、
なんともいえない感情が押し寄せてきた。
動揺があった。
情けない気持ちにもなった。
一瞬、大人気ない反応をしてしまった。
卵６個入りのパックって、300円くらいだろうか。
値段だけではなかろうが、
いい歳こいて300円のために、
周章狼狽しきりになってしまったのだ。
後で調べたら、６個入り卵は347円。
347円で、私の判断能力は
完全崩壊してしまったのだ。
もう少し、
まともな人間になっていると思っていた。
恥ずかしくない、
いや、少しは恥ずかしい部分もあるけれど、
まぁまぁ、まともな人生だと思っていた。
それがこの体たらく。
もう、やだやだ。
おじさん失格。
それに比べて、あの店員さんの余裕。
店の対応マニュアルでもあるのだろうか。
実に落ち着いた、大人の対応。
最近、私は1日１回、卵売り場に向かう。
卵ケースを見つめながら、
自らを見つめなおしている。
よし、今夜もオムレツを焼いて食べよう。
美味しく栄養豊かなオムレツを食べて、
簡単には動揺しない立派な大人に育つのだ。
 
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