magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『料理とマジックとゼッポリーネ』


料理教室に参加した。
私は、どんなジャンルでも
その道の先達に教わることが大好きなのだ。

「飴色タマネギを作ります。
 普通だと何時間もかかったりしますが、
 ここは時短で‥‥」

電子レンジを使い、500Wで20分、
ラップを交換し、バターを散らして15分。

後はフライパンで30分くらい混ぜ続けると
飴色になってくる。
ある瞬間、突然に艶やかな飴色になって驚く。

料理を習いつつ、私はマジック教室のことを思う。
マジック教室もマジシャンの秘密のテクニック、
コツを教わる。料理教室とよく似ているのだ。

ありがたいご縁で、
有名シェフのアシスタントを務めることもある。

私ができるのは単純作業で、
大量のサラダ用野菜を刻んだり、
スープを焦さないようにひたすら混ぜ続けたり。

しかし、これが楽しいし勉強になるのだ。
すぐ横に一流シェフがいて、意外と大胆な仕込み、
繊細な仕上がりなどを間近で見られる幸運。

ある時、
「小石さん、イタリアの揚げパン、ゼッポリーネ。
 やってみますか」

スター・シェフがスプーンでパンのタネを油に落とし、
コロコロと転がすとたちまち膨らんでくる。
それをひょいひょいとパッドに上げて
ゼッポリーネの出来上がり。

見ていると実に簡単そう、面白そう。

私は渡されたスプーンでタネをすくう。
が、タネはかなりの粘度で
ほどよい大きさにすくえない。
油に落とそうとすると、ポトリと落ちてくれない。

タネが丸く落ちてくれないので、
角が生えたゼッポリーネばかりがプカプカ。

「バカッ! ヘタッピ! やめちまえ!」
そう怒られればまだマシで、
シェフは黙ったまま
ただ不細工なゼッポリーネを見つめている。

シェフ渾身のゼッポリーネのタネが、
あわれな姿になってパッドに並ぶ。
シェフは何も言わない。

夢の先の悪夢。
簡単そうに思い、喜んでスプーンを手にした
我が身の浅はかさ、情けなさ。

シェフはパスタに取り掛かっている。
私はもう手出しなどできやしない。
切ない気持ちで、少し離れて立ち尽くす。

遠い昔、マジック界のスーパー・スターの
アシスタントをしていたころを思い出す。

あのころ、師匠のマジックを横に立って見ていた。
2、3度アシスタントを務めると、
「なんだ、以外と単純で簡単だなぁ」
などと思ってしまったものだ。

そうして、いざ自分でやってみると
ちっとも不思議に見えず、客席は静まり返っている。
師匠の前座を務め観客を温めるはずが、
客席に水をまいて冷やすばかり。

あの時から、私は少しも成長していなかったのだ。
私はまだまだ多くを学ばなければならない。

師匠のようなマジシャンになるのは諦めるとして、
いつの日か料理教室の先生と
スター・シェフに誉めてもらえるよう、
今後もがんばるとしよう。

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2017-06-04-SUN
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