magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『夢の味、ボブン』


近所に美味しいごはん屋さんができた。

日替わりのおかずも美味しいのだが、
ごはんが美味しい。

七分づきのごはんは粘り少なく、
さっぱりとした味わいでパクパクいけてしまう。

この軽い味わいのごはんに、鶏の唐揚げネギソース、
塩シャケなどが、あぁ、うまい。

私はごはん大盛りにしてもらい、かつ節をふりかけ、
豚ロース味噌ダレなどと口中調味、うまい、うまい。

美味しさにうっとりしつつ、
食後のコーヒーを味わっていると、店のAさんが、
「小石さん、ボブンて食べたことあります? 」

ボブン?
なにもの?
「いや、食べたことないです」

するとAさん、遠くを見る目になって、
「あれは、美味しいです。
 あれは、ベトナム料理で、あれは美味しい‥‥」

「上に牛肉がのってて、下に麺が‥‥。
 ボが牛肉で、ブンが麺の意味で、あれはもう‥‥」

まるで独り言のようにつぶやき続けるのだった。

その瞬間、私の頭の中は
ボブンという未知の味わいに魅了、占領されてしまった。

「ボブン、甘辛の牛肉にベトナム麺のフォー、
 爽やか酸っぱいエスニックソース‥‥」

ボブンは、近くのKカフェで食べられるらしい。

初夏のように暑い日の午後、私はKカフェに向かった。
席に座り、すぐさまオーナーさんに聞いてみた。
「あの、ボブンというのが美味しいって‥‥」

オーナーさんは少し驚いたような表情になりつつ、
「ボブンを出す日は、インスタとかブログとかを
 チェックしていただければ」

そうか、そういう時代なのか。
以来、私は毎日インスタ、ブログをチェックし続けた。

またまた暑くなったある日、スマホを覗くと、
『本日の料理は、ボブン』
とあるではないか。

私は転げるようにKカフェに向かった。
もし売り切れていたら、どうしよう。
どうしようったって、どうにもならない。
でも、諦めきれない、焦る、焦る。

ドアを開けると、ひとつ、テーブルが空いている。
私はすぐさま、
「ボブン、ありますか?」

オーナーさんがキッチンの奥から、
「よかったですぅ、ボブン、ありますよ」
私が待ち焦がれていたのを覚えてくれていたようだ。

夢にまで見た、ボブンがやってきた。
「レモンを絞って、よく混ぜて、どうぞ」

野菜、牛肉、揚げ春巻きなどが丼を覆い、
麺はまだ見えない。
箸で混ぜると、中から細い麺、フォーが現れた。

レモンを絞ると、ニョクマムだろうか、
独特の香りがふわりと漂ってくる。
甘辛、爽やか酸っぱいエスニックの香り。

初めてのボブン、夢の味、ボブン。
私は、ひとくち、啜った。
そうして黙々と麺を啜り、甘辛の牛肉、
野菜をほうばった。

「あぁ、これがボブン、これは、美味しい。
 あぁ、こりゃぁ、うまい、うまいなぁ」
私はあの日のAさんのように遠い目になって、
惚けたように食べ続けた。

ツイートするFacebookでシェアする

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2017-05-28-SUN
BACK
戻る