magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『方程式の解けぬまま』


先生が教えてくれた。
「いいマジシャンになるための方程式、
 というのがあってね。
 それを解ければ、
 君もいいマジシャンになれるはず」

若かった私は、
「マジシャンの方程式?
 まぁ、少しキャリアを積めば、
 簡単に解けるだろうさ」
なんて思っていた。

このところ、なんだか旅続きである。

となれば、色んなホテルに宿泊することになる。
それはそれで面白い体験で、
旅芸人の密かな楽しみでもある。

部屋に入ってすぐ、
フロントに引き返してチェックアウトしたいような
ホテルもあり、
ずっと泊まっていたいホテルもあり。

「夜景を独り占め、でございます」
みたいな素晴らしいホテルだったとしても、
本当に『独り占め』状態で、
部屋には私ひとり、他には誰もいない。

そうなると、良い部屋であればあるほど、
むしろ寂しさが募ったりして。

今夜も遠い旅先のホテルにチェックイン。
部屋は可もなく不可もない、ごく普通。

ソファーと小さなテーブルがあるのだが、
ワインを飲むのもベッド、テレビを見るのもベッド。

なんとなく薄ら寒いので、
だんだんとベッドに潜り込んでしまい、
いつの間にか寝ている。

夢を見た。
仕事に遅れる夢。
衣装がなかったり靴がなかったり、
財布をどこかに忘れたりして、
どうにも準備が間に合わない。

失敗する夢も見た。
ネタを仕込み忘れたのを、
なんとかゴマカそうと必死にしゃべっている。

ウケない。
カード当ては外れる。
客が怒っている。

もうボロボロになる。
いいことなんてひとつもない、いつもの悪夢。

間に合わない夢と失敗続きの
2本立て映画のような、長い長い悪夢。

もう引退した先輩に聞いたことがある。
「引退しているのに、未だに見るねぇ。
 遅れる夢とか失敗の夢。
 ハトは出てこないし、カードは当たらないし」

「不思議なもんで、すごく上手くいった夢とか、
 めちゃウケる夢とかは、見たことないんだよ。
 お客さんが美人ばかりで
 キャーキャー言われる夢とか、見ないんだよなぁ、
 ははは」

確かに、絶好調の夢とか大爆笑の夢とかは、
見たことがない。

良い夢を見たら、それはそれで
目が覚めたら空しいのかもしれないけれど。

先輩は続けて、
「なにより嫌なのがさぁ、夢だとしても
 一生懸命に、現実より必死になって仕事してさ、
 いつもより長くマジックを続けてさぁ。

 それでいてギャラなし、これがいちばん辛い。
 夢だからしょうがないけど、
 ギャラなし労働がいちばん辛いねぇ、あっはっは」

明日は早起きをして、
午前中の出番をこなさなければならない。

夢はいつも悲観的なのに、
現実の仕事についてはいつも楽観的に考えている。
不思議なものだ。

午前中の仕事を上手く終えて、
私は次の旅に向かうのだろう。
いいマジシャンになるための方程式は、
未だ解けないままに。

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2016-10-30 -SUN
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