magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『そちらも、夏の終わりでしょうか』


葬儀場からの帰り道、
僕は青山通りへぶらぶらと歩き続けた。

多くの参列者は反対の方向にぞろぞろと進んでいて、
僕の行く先に人はまばらだ。

歩いていると、なぜかすぐそばに
あの世というものがあるように感じられた。

いつもは、はるか遠くの空の向こうに
あの世とやらはあるんだろうなぁ、
くらいの感覚しかないのに、
こんな日の帰り道では
すぐそばにこの世以外の空気を感じてしまう。

あの世は、とても近いところにあるのかもしれない。

時間にしても、今から数時間後にあの世にいても、
ちっとも不思議じゃない。

いやいや、10分後でもおかしくはない。

アメリカの友人から教わったジョークを思い出す。

患者「で、先生の診断結果は?」

医者「ふむ、10、ですな」

患者「はぁ? 10、と言われましたか? 
   10っていったい、どういう意味ですか?
   ま、ま、まさか10年後に死ぬってこと?

   ま、ま、まさか10時間後? ねぇ先生?」

医者「10、9、8、7、6、5‥‥‥」

患者は、あの世に行く10秒前だったという小話。

あの世を身近に思う感覚は、見慣れた道に出たり、
いつもの電車などに乗った瞬間に消えてしまう。

もう、あの世ははるか彼方のものになり、
この世だけがいつものように押し寄せてくる。

この世に戻りつつ、
あの世に行ってしまった人のことを思い出す。

僕はテレビ局のスタジオにいた。

番組の担当者がやってきて、

「ねぇ、突然だけど、
 20分くらいやってほしいんだけど」

打ち合わせでは持ち時間5、6分と聞いている。
それを20分以上に伸ばせと言う。

怪訝そうな僕の顔を見つつ、担当者は続けて、

「実は永先生が
 お孫さんとスタジオ見学にいらしててね。
 
 お孫さんがナポレオンズのマジックを
 見たいって言ってるんだよ。
 それなのに出番が5、6分じゃぁ
 お孫さんたちには物足りないだろ?
 
 ただ、放送は5分だけに編集しちゃうけどね。
 じゃ、よろしく!」

他の観客には申し訳なかったが、
僕たちは永先生のお孫さんたちだけのために、
いつもより懸命にマジックを続けたものだ。

後に永先生から直接、聞いた。

「孫たちにとってはさ、
 今のスターはナポレオンズ(笑)。
 僕はただの爺さんなんだよね。
 
 『お爺ちゃん、ナポレオンズを知ってんの?』
  なんて言うから、
 『もちろんだよ、お爺ちゃんが教えたんだ(笑)』

 すると孫たちが、
 『へぇぇぇっ!』
 なんて、一気に尊敬のまなざし(笑)。
 まいるよねぇ」

永先生がいるのであろうあの世を、
もう少しだけ身近に感じたくて、
僕は再び葬儀場の方へ歩き出した。

蝉が夏の終わりを嘆くように鳴いていた。

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2016-09-04-SUN
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