magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『夢の北海道ツアー・完結編
     〜悲しみの結末〜』



北海道を周遊する演芸ツアーの数日前、
私はギックリ腰と五十肩の痛みを併発していた。

ツアーの途中で動けなくなったり、
ステージに立てなくなったら困るので、
腰に負担のかかるネタ、人体浮遊術を封印していた。

しかし、幸いにも痛みは軽減し、ステージを普通に務め、
打ち上げでも快調に飲むことができた。

司会の愛Rさんが嬉しそうに、
「ねぇ、小石さん、体調、すっかり良さそうですねぇ。
 そろそろ、あのイリュージョン、
 人体浮遊術をやったらどうですかぁ」

うむむ、これはまずい。
ステージに向かう時はヨロヨロと力なく歩いているのに、
打ち上げ会場に向かう時は先頭をシャカシャカ歩いている。

言い訳になるが、これからステージという時は
腰を痛めないよう、慎重に歩いている。
それが、力なくヨロヨロに見えてしまう。

打ち上げに向かう時は、仕事を無事に終えた開放感で
シャカシャカ歩けるだけなのだ。
しかし、誰もそんな実情を理解してはくれないだろう。

旭川も雨だった。
すっかり新しくなった駅まで歩いたのだが、
涼しいを通り越して寒いくらい。

腰も冷えるように思われて、
旭川でも人体浮遊術は避けることにした。

旭川公演の打ち上げは、イタリアンであった。
イタリアンとなればワイン、
私はもちろんボトルなんて頼まず、
グラスワインの赤を注文した。

高いワインをボトルで頼み、
「あいつはステージでは安上がりな芸風なのに、
 ワインは高いのを飲んでいる。
 もう呼ばないことにしよう」
なんてことになったりしたら恥ずかしいではないか。


列車に揺られて着いた札幌は、
久しぶりに晴れて暖かかった。
もう、人体浮遊術を避ける理由など見当たらない。

公演が始まり、私たちの出番がやってきた。
順調に笑いを取り、
いよいよ人体浮遊術を披露する時間になった。

私は、まだまだ不安な腰に負担をかけまいと
腕に力を込めた。
すると、五十肩の痛みが左腕にビリビリとやってきて、
いつものように体をスムーズに持ち上げられない。

袖で見ていた司会の愛Rさんが、
「小石さん、まるで生まれたばかりの子羊のように
 手足がブルブル震えてましたよ」

なんということだ。
腰はなんとか持ったものの、
これほど五十肩の痛みが深刻だとは思わなかった。

札幌の打ち上げは、ホテル近くの居酒屋であった。
スープカレーという文字がメニューに大きく書かれている。
いまや札幌の名物料理になっている。

スープカレーは不思議だ。
満腹で食べられないはずの我が胃袋に
スルスルと入ってしまう。

翌日の朝食ビュッフェにもスープカレーがあった。
私は北海道チーズと温泉卵をトッピングして2杯食べた。

札幌丘珠空港に向かい、
小さなプロペラ機で最終地の函館に飛んだ。

函館の昼ごはんは各自自由にどうぞ、ということで、
迷わず朝市の海鮮丼を食べることにした。
イカ、カニ、ウニ、ボタンエビ、中トロなど、
8週類をトッピングしたスペシャル丼である。

函館での公演が、今回のツアーの納めであった。
私はしっかりと、人体浮遊術を
昨日より余計に浮かせなければならないと決意しつつ、
ステージに向かった。

体はそれほど浮かなかった。
腕も、昨日と同様にプルプル震えた。

ステージを降りて、私はついついぼやいた。
「やっぱり、腰と腕の調子がイマイチで‥‥」

すると、長年、私の人体浮遊術を見てきた愛Rさんが、
「小石さん、なぜ浮かないのか分かりましたよ。
 小石さん、太りましたよ。

 みんなそうなんだけど、このツアーって食べるでしょ。

 小石さんも朝昼晩しっかり食べて、
 それなのにステージでノロノロしゃべるだけでしょ。
 だから、すごい太ったんですよ」

衝撃であった。
私の抱える問題はギックリ腰でも五十肩でもなく、
ただのデブ、肥満だったのだ。

                  (おわり)

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2016-07-17-SUN
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