magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『親孝行、したい時に』


久しぶりに実家に戻る用事ができた。

朝9時過ぎに出発し、岐阜駅に着いたのはお昼過ぎ。
駅前から義兄の車に揺られて30分ほどで実家に到着。

少し休んで、まずは役所に姉の車で行き、
長男としての義務を果たす。

果たす、なんて、いささかオーバーではあるが、
誰にも長男という立場は代行してもらえないのだ。

もう何度目かの役所詣でで、窓口の方々は顔見知りばかり。
これが田舎の良いところで、まるで親戚のように
親身になって対応していただき、ありがたや、ありがたや。

家に戻ったが、父の姿はなかった。
姉が、
「今の時間は、畑やろ。
 暑いけど、毎日、休みなしやよ」

歩いてすぐの畑に行ってみると、
父はイチゴの苗の前にスックと立っていた。
「お父ちゃん」
「おう」

「孫が採りにくると言うとったけど、来てみたら、
 どうやら人様の仕業だろうが、赤いのだけ、あらへん」

見回してみると、ネットはどこも破れていない。
確かに、人間がネットをめくって
手を伸ばして収穫したのだろう。

ネットの外に、小さな赤いイチゴを見つけた。
「あぁ、それは去年のもんじゃなぁ」

摘んで食べてみた。
しみじみ甘い。
あぁ、懐かしい味。

急に腹が立ってきた。
95歳の爺さんが汗をふきふき育てたイチゴを、
こんなに美味しいイチゴを盗むなんて、
言語道断の悪行ではないか。

「まったく、地獄に堕ちろっ!」
と憤りつつ、昔々、小学生の頃、
近所の畑でスイカを盗んで
食べてしまったことを思い出した。

柿も盗んで食べようとした。
その時は、お婆さんが窓から顔を出して、
「それは渋柿だから、やめとき。
 裏のは甘いから、そっちを食べなさい」

そう言われて、素直に裏の柿をいただいたっけ。
地獄に堕ちるのは私かもしれない。
若気の至り、神様閻魔様、どうぞお許しください。

夕方、久しぶりに父とビールを飲んだ。
「お父ちゃん、なんか欲しいもんとか、
 要るもん、ないの?」

「う〜ん、特に、ないなぁ」
親孝行をしたい時に、
親は特に欲しいものがないのであった。

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2016-06-05-SUN
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