MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『マジシャンは少々、悩んでいる』

もう、ずっとスランプ状態なんだよ。
いやいや、そんなに深刻なもんじゃないけれど。
というか、だからスランプ状態から
抜け出せないんだよね。

小さなスランプって、なんだかぬるま湯のようでさ。
そんなに急いで抜け出さなくても、
なんて思っちゃうんだよね。

それに、ぬるま湯から急いで抜け出すと、
寒くて風邪引くかもしれないし。
だから、もうちょっとスランプの湯で
温まってから抜け出そうかと。

ずいぶん昔のことだけど、おいらの師匠が、
「最近、水槽脱出がどうもうまく行かない。
 水の冷たさが、体にきついんだよ」

なんて言うから、弟子のおいらとしては
改善策を講じたんだよ。
まず、大きな水槽の水をお湯に替えてさ、
ゆっくり温まるという入浴剤をたっぷり入れたんだよ。

それで、師匠に水槽脱出をやってもらったんだよ。
そしたら、師匠が怒ってさ。
「おいっ、誰だ、こんなぬるま湯にしたのは。
 しかも、なんだか良い匂いがするし。
 だから、ゆっくりしちゃって脱出が遅れたじゃないかっ」

いやはや、どうもすいませんでした、だよ、ははは。
結論、ぬるま湯からの大脱出は師匠でも難しい。

おいらは、こないだのステージで
次がどんなマジックだったか忘れちゃって、
「最近、マジックの順番が覚えられないんですよ」
まんま自白自供しちゃった。

そしたら、ウケたんだよね。
こりゃぁ、新たな境地に到達したのかもって。
本当は、新たな退化の始まりかもしれないんだけどさ。

名人と言われた落語家の師匠も、登場人物の名前を忘れて、
「おい、そこの町人」
「なんですか、お侍さん」
なんてやってたらしいよ。

それでも大いにウケたというから、
おいらもいよいよ名人の境地に到達したのかもしれないよ、
ふっふっふ。

ところで、こないだ、故郷のお袋に葉書を書いたんだよ。

「 拝啓 母上様

  あなたの不肖の息子は故郷に帰りもせず、
  遠く離れたこの地で、未だ少々悩んだり、
  小さな失敗を重ねたりしています。
  でも、まだ、もうちょい、
  がんばる所存でございます」

お袋、読んでくれるかなぁ。

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2016-01-24-SUN
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