MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『失恋』

先生が好きだった。
先生はカッコよかった。
美しい二枚目、というのじゃなかったけれど、
誰もが認めるスーパー・スターだった。

僕の前に、6人の先輩お弟子さんがいた。
皆、先生に恋をしていた。
それは、彼らのステージ上の動きで分かった。

皆、背中に先生が乗っているかのように
一挙手一投足が同じだった。
皆、先生のようになりたかったのだ。

だが、皆、失恋した。
どうがんばっても、無理だった。
同じ道具で同じマジックをしても、
同じポーズで決めてみせても、
誰も先生のようにはなれなかった。

僕は、先生のようになりたいとは思わなかった。
どう考えても、
先生のようにはなれないと分かっていたのだ。
それでもやはり、恋焦がれていた。

先生にとって、僕は多くの弟子たちの中の
一員に過ぎなかっただろう。
でも、先生はきまぐれに声をかけてくれた。
「君はねぇ、時々、面白いねぇ」
それだけで、僕の想いは叶えられたようなものだった。

冷たい雨が降る夜、先生は安らかな眠りについて、
僕らの片思いは永遠の失恋へと変わった。


あの師匠が好きだった。
師匠の高座は光り輝いていた。
どうにも、抗いがたい魅力だった。

なのに、普段の師匠は地味だった。
帽子をかぶり、人ごみに紛れていた。
駅の小さなベンチに腰を下ろし、
ただ黙って電車を待っていた。

その佇まいに憧れたものだ。
袖から、師匠の高座をうっとりと眺めたものだ。

訃報を聞いても、泣くわけにはいかなかった。
誰も僕の片思いを知らなかったから。
僕は心の中で嗚咽し、失恋の切なさに苦悶した。


あいつは、草むらでにゃぁにゃぁ泣いていた。
僕は家に連れて帰り、ぬるま湯で洗ってやった。
あいつはみるみる大きくなって、僕の布団の中で眠った。

僕の初めての相思相愛だった。
あいつが、相思相愛の温もりを教えてくれた。
あいつは耳元でよくにゃぁにゃぁと鳴いて、
僕に何かを話してくれた。

あいつは突然に身を硬くしてしまった。
僕は失恋してしまったのだ。
でも、未だにあいつと相思相愛中のように思う。
僕は、あいつとの相思相愛の日々を忘れたことがない。

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2015-10-04-SUN
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