MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『透視術のすべて、教えます』

私は白内障の手術を受け、視力を回復できた。
以前はコンタクト・レンズを使用していたが、
それでも視力は0.02以下だったのだ。

ここ数年、コンタクト・レンズを買うたびに
度数を上げていたのだが、
それでも視力は上がらないままだった。

視力だけが頼りのマジックがある。
それは、『透視術』という不思議なマジック。

観客のひとりにトランプを1枚、選んでもらう。
「トランプを見て覚えてください。
 覚えたら、後ろのお客様にも見えるよう、
 トランプを高くかかげて見せてあげてください。
 僕は、見ていませんよ」

観客は指示通りにトランプを後方の観客に見せている。
その時、僕のアシスタントNは
客席のいちばん後ろの壁際にいて、
観客のトランプを見ているのだ。

僕はステージで、
「さぁ、お客様、トランプを裏向きにして
 胸にしっかり当て、
 そのトランプを強く頭の中で思ってください。
 僕は、貴方の頭の中を透視します」
などと言いつつ、
意味深かつヘンテコリンなポーズを繰り返す。

観客の誰もが、僕のヘンテコリンな動作に
見入っていると判断したアシスタントNは、
持っていた1組のトランプの中から、
観客の選んだトランプと同じものを選び出し、
僕に見せるのだった。

僕はそのトランプをチラリと見て、
「貴方の頭の中が見えてきました。
 あぁ、前頭葉、それに海馬が、
 かなり弱ってきていますねぇ。
 あれれ、ひょっとしてトランプが何だったか、
 忘れていませんかぁ」
などとからかいつつ、
「見えてきました。
 貴方のトランプは、ハートの3、ですね」

そんな『透視術』が、近年はできなくなっていた。
なんせ、アシスタントNの示しているトランプが
見えなくなっていたからである。

僕は強度近視に加え、乱視でもあった。
それゆえ、以前はなんとか見えていた
アシスタントNの示したトランプが、
だんだんと見づらくなってきていた。

乱視だから、トランプのハート・マークが1個でも、
3個、5個、ヘタすると8個くらいに見えて、
「えぇっと、ハートの8? それとも5? 3?」

最近では、判別できるのはトランプの色だけ。
つまりは赤か黒かというくらいだった。
仕方なく、この『透視術』はお蔵入りとなってしまった。

しかし、僕の視力は白内障手術で一気に回復、
両眼とも1.2になった。
さぁ、再びあの『透視術』を復活させようと
ステージに立った。

観客の選んだトランプと同じのを、
壁際のアシスタントNが僕に見せている。
「むふふふ、
 トランプがくっきりと見えるぞ、
 むふふふ」

僕は自信たっぷりに宣言する。
「見えてきました。
 貴方の選んだトランプは、ダイヤの6、ですね!」

すると観客は思いもよらないことを言い出した。
「うん? 違います。
 ダイヤは合ってるけど、数字は2」

楽屋に戻り、僕はアシスタントNを叱責した。
するとアシスタントNが、

「すいません、僕も最近視力が落ちてて、
 乱視もひどくなって、前の方のお客さんだと
 トランプが見えづらくて‥‥」

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2015-08-02-SUN
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