MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続・即興役者への長い道程』

即興芝居のW先生が、
芝居のセリフのように滑舌よく仰った。
「始めに、今日初参加の小石さん、
 自己紹介をお願いします」

私は自己紹介が大の苦手なのだが、

「僕の苗字は小石、小さい石と書きます。
 で、名前は至誠、至るという字に誠と書きます。
 至誠は至上の誠となりまして、
 はい、完全に名前負けです。

 実はW先生と以前、
 お芝居をご一緒したことがありまして、
 それで今回、参加することになりました。
 どうぞよろしくお願いします」

なんとか自己紹介ができた。
W先生の滑舌のよいお話っぷりに感化されたのだろうか。
W先生は、ご自身の立ち居振る舞いのすべてで
指導してくれる、心強い先生なのだ。

続いて、即興芝居の基本レッスンが始まった。
まず、3人ずつのグループになり、
言葉のキャッチボールのようなことをする。
その場で思いついた言葉を、隣の人に伝えていくのだ。

Aさん「男と」
Bさん「女が」
私「駅で」

というような会話を続ける。
これが意外と難しい。
例えばAさんの、
「男と」
の後、Bさんが、
「男が」
と言ったとする。

なんとなく、Bさんは、
「女が」
と続けるだろうと想定していた私は、
いきなり困惑して言いよどんでしまう。

「人それぞれ、考えることが違いますよね。
 それを知って、対応する練習ですね」

W先生が易しく、簡潔に説明してくれる。

私はマジックをしていて、しょっちゅう失敗をする。
ハンカチから鳩が出てこない、
観客の選んだトランプが当たらない等々、
一度だって失敗なしでマジックを終えたことがない。

しかし、その結果、失敗に適応する能力がついたらしい。
ハンカチから鳩が出なければ、
「すいません、
 どなたか鳩をお持ちじゃないでしょうか?
 ちょっと、貸してください」

トランプが違っていれば、
「そうですか」
と応え、トランプを箱に戻してお終いにする。

だから、この言葉のキャッチボールの稽古でも、

Aさん「男と」
Bさん「男が」

と続いて、言葉に詰まったら、
「それはさておき」
とか、
「どうにもこうにも」
とか言ってごまかすことができた。

AさんもBさんも、実にやり辛そうではあったが。

あれこれのレッスンが続いて、
いよいよ2、3人で即興の芝居を
実践してみることになった。

私は真面目そうなCさんとふたりで演じることになった。
上司と部下が居酒屋で呑んでいるという設定である。

私「まぁまぁ、乾杯しよう。
  うん?
  なんだろうねぇ、このビール、まずいねぇ。
  『二番搾りドライ・プレミアム』だってさ、
  変なビールだねぇ」

Cさん「まずいですか?」

私「今回は、君が地方に異動になって、
  残念なんだが、まぁ、
  がんばってくれたまえ、はっはっは」

Cさん「その件ですが、
    部長も同時に異動だそうですよ」

私「なにぃ、そんなことは聞いてないぞ」

Cさん「僕は横浜ですが、
    部長はなんだか遠いところらしいです。
    もう、聞いたことのないような、
    辺境らしいです」

私「そりゃ、まずいよ、君。
  とってもまずいよ、君」

Cさん「そうですかぁ、
    そんなにまずくないですよ、このビール」

私「まずいのは、私の人生だ」

じっと見つめていたW先生が、

「面白いですが、即興劇というより、コント、かなぁ」

即興役者への道のりは、まだまだ長く険しいようだ。

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2015-04-12-SUN
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