MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『お相撲さんが転んだ』

近くの店で海老ソバを食べ、
やれやれお腹いっぱいでございますと
満足しきりで歩いていたが、
いきなり道端の凹みに足を取られてすってんころりん、
転んだ。

ことわっておくが、これまでのように
酔っ払って転んだわけではない。
堂々とシラフで、前のめりに転倒したのだ。

すぐ横のガソリンスタンドのお兄さんが、
「大丈夫ですかぁ」
と声をかけてくれたが、助け起こしてはくれない。

もし、私が若い女性だったら、
お兄さんたちは先を争って助け起こしにきたに違いない。
かく言う私だって、転んだのがおじさんだったら
助けるかどうか相当に怪しいのだが。

私は自力でどっこいしょと起き上がり、
「あぁ、おじさんは、つらいなぁ」
と嘆きつつ膝の汚れを払った。

「なによぉ、おばさんだってつらいのよ。
 おばさんだって、助けてもらえないわよぉ」
ご婦人方は、そうおっしゃるであろう。

だが、そんなことはないと思う。
お兄さんたちは、おばさんが転んだら
少しだけ間をおいて助け起こしてくれるに違いないのだ。

なぜなら、お兄さんたちは転んだおばさんを見て、
ふと自分の母親を思い出し、
思わず助け起こすはずなのだ。

だが、おじさんが転んでも、
お兄さんたちが父親を思い出すことはなく、
おじさんは放置されたままである。

また、おじさんも助け起こされるのを拒否したりする。
以前、自転車に乗っていたおじさんが
転倒するところに出くわしたことがある。

助け起こそうとすると、おじさんは、
「いやいや、大丈夫です。
 自分で起きますから、
 いやいや、あぁ、どうも」
なんとか自力で起き上がり、
何事もなかったかのように自転車で走り去った。

おじさんは、助け起こして欲しい気持ちもあるのだが、
「転んでも自分で起き上がらなくっちゃ。
 人様に助け起こしてもらうなんてみっともない」
みたいな、変なプライドが上回ってしまうようだ。

しかし、本当は、おじさんは小さな声で、
「Help!」
と心の中で叫んでいる。
少なくとも私は、転んでいなくとも
常に助けを求めている。

どうか、私の声なき叫び、
「Help!」
の声を聞いていただきますよう、
この場をお借りして切にお願いいたします。

などと勝手な御託を並べていると、
テレビでは大相撲中継をやっている。
お相撲さんたちが、土俵の上でころころと転んでいる。
だいたい半数のお相撲さんが転んでいる。
当たり前だ。

転んだお相撲さんたちは、しかし、
むっくりと起き上がり、
「へっちゃらでございます」
とでも言うかのように、軽やかに土俵を降りる。

むむむ、そうなのだ。
たとえ転んでも、転がされても、すぐに、
「Help!」
などと叫ばず、
「まだまだぁ、もういっちょう」
とチカラを入れ直して、起き上がるのだ。

もちろん、助け起こしてもらわなければ
起き上がれない場合も多々あるだろう。
それでも、
「まだまだぁ、もういっちょう」
の気概だけは持ち続けようと思う。

私は、お相撲さんを真似て四股を踏んでみた。
四股は、以前に春風亭昇太師匠に習ったことがあるのだ。
なぜ昇太師匠が四股を知っているのかは不明だが、
とにかく正式な四股のやり方なのだ。

四股を踏んでいると、確かに、
「まだまだぁ、もういっちょう」
という気になってくる。

顔を上げて、足を高く上げ、ゆっくりと下ろす。
「まだまだぁ、もういっちょう」
ふむふむ、これはいい。
ついでに自分の四股名も考えてみようかな、などと、
転んでもタダでは起きない私であった。

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2015-03-22-SUN
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