MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『嫉妬』

私は今、嫉妬心にさいなまれている。
こいつは意外としつこく、
私の心の中に巣食っているのだ。

ペペとチンという、男性ふたりの
マジシャン・コンビに嫉妬している。
といっても、実在するマジシャンではなく、
映画『晴天の霹靂』に登場する芸人さんなのだ。

なんせ、彼らのマジックは面白い。
彼らは日本人なのだが、ペペはインド人、
チンは中国人と名乗っている。

片言の日本語で、インチキなマジックを繰り広げる。
チンの愛しいボケを、ペペが絶妙の間でつっこむ。
他愛ないマジックなのに、彼らが演じると寄席は
大爆笑に包まれる。

あまりに軽妙かつ面白いので、つい真似しよう、
パクってみたいと考えるのだが、
「いや、ダメだ。
 あれは、ふたりの間合い、
 間の良さがあってのこと。
 ヘタに真似したら、単なるドダバタになってしまう」
と、すぐに諦める。

私は、彼らの面白さに嫉妬しきりなのだ。


近所の蕎麦屋のおじさんに嫉妬している。
なぜなら、最近ハマって観ているテレビ・ドラマの
居酒屋のマスターに、おじさんが似ているからだ。

ドラマを観ていない人にはチンプンカンプンだろうが、
居酒屋のマスターは寡黙でありながら、
客の心まで満たすような料理を作ってくれる男なのだ。
蕎麦屋のおじさんを見るたびに、
居酒屋のマスターのかっこよさを重ねてしまう。

風貌はちっとも似ていない。
おじさんはいつも厨房の中にいて、
背中だけを見せている。
その背中が、ドラマの中の居酒屋のマスターを
思い出させるのだ。

ただ黙って背中だけを見せ、あんな旨い蕎麦を打ち、
絶品の天ぷらを食べさせてくれる。
心が弱くなった時、無性にあのおじさんの蕎麦と天ぷらが
食べたくなる。
おじさんはただ黙って、ひたすら鍋に向かっている。
その背中、料理の旨さに、私はいつも嫉妬してしまう。

私もおじさんみたいに、黙って背中を見せながら
すごいマジックを演じてみたいと思う。
だが、マジシャンが黙って背中を見せていると、
とても怪しいのだ。


私は、ある落語家の師匠に嫉妬している。
日本人が日本語をしゃべっているだけなのに、
お客さんは大笑いし、時に泣き、想いに浸る。

おかしいじゃないか。
私だってそこそこ日本語はしゃべれる。
なのに、なのに。

私のマジックで、お客さんは
まぁまぁ笑ってはくれる。
だけれども、今まで泣かれたことはない。
泣かれても困るのだが。

マジックを観て考えを巡らせる人もいるのだが、
それは、
「タネはどうなってるのか?」
くらいのものだ。

あの師匠の高座を観た観客は、なぜか皆、
物思いに耽ったような表情で帰るのだ。
あれが分からない。

私のお客さんも、物思いに耽りつつ帰る人がいる。
ただ、その物思いの中身は、
「変なマジックだねぇ、
 うん? あれはマジックなのか?」
だったりして。

私の、あの師匠に対する嫉妬心はますます膨らむばかり。
だけど、あの師匠が私に嫉妬することはない。
一方通行の嫉妬心、それがまた悔しくもある。


私があれやこれやと嫉妬心を吐露していると、
黙って聞いていた友人が口を開いて、
「そうかい、でも、オレはあんたのその、
 誰にも嫉妬させない、
 さっぱりとした芸風に嫉妬を感じるよ」

友人は続けて、
「だいたいさぁ、
 人間は嫉妬しなくなったらおしまいだよ」

そうかもしれない。
きっと、そうだ。
私はこれからもせっせと嫉妬に励むとしよう。

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2015-02-22-SUN
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