MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『いなり寿司に泣く』

僕はいなり寿司、おいなりさんが大好きだ。
あの甘辛のつゆで煮含められた油揚げと
酢飯の相性の良さ。

当たり前だが、油揚げだけ食べても、
酢飯だけ食べてもいけない。
誰が発明したのか知らないが、油揚げに酢飯を詰めて
こそ、あの馥郁たる味わいがもたらされるのだ。

始めに油揚げの甘辛がきて、酢飯ならではのさっぱりした
つぶつぶ感と混ざり合う。
口の中で、甘辛とさっぱり、つぶつぶが渾然一体となる。

コンビニでおむすびを買おうと思っていても、
いつも隣のおいなりさんを手に取ってしまう。

子供のころから、おいなりさんが好きだった。
母が作ってくれたおいなりさんが美味しかった。
遠足でも運動会でもおむすびではなく、
おいなりさんを頼んだものだ。

僕は大豆系が好きで、豆腐も納豆も大好きだ。

余談だが、友人が、
「豆腐と納豆という漢字を見てると、
 豆の腐ったものが納豆で、
 豆を納めたものが豆腐じゃないのかなぁと
 思うんだけど」
本当のところは、どうなのだろう。

もちろん、油揚げも大好きで、
うどんや蕎麦なら必ずきつねにする。
またまた余談だが、関東ではきつねうどんも
きつね蕎麦もあるが、
関西ではきつねうどんはあっても、
きつね蕎麦というのは存在しないらしい。
実に不思議だ。

お正月と春、桜の咲くころ、
夏、ハモの季節にY家にお呼ばれする。
それはそれは、美味しいご馳走が大量に並ぶ。
それらはみな、Y家のM子さんの手作りなのだ。

あれこれ美味しい旨いと食べていると、
「はい、これ、小石さんの好物よね」
と、おいなりさんが出てくる。

丸い木桶にぎっしりと詰め込まれた、
30個はあろうかというおいなりさん。
散々ご馳走をいただいているにもかかわらず、
このおいなりさんを見るとゴクリと喉が鳴る。
僕には、おいなりさんは別腹というやつらしい。

大きめの油揚げに、少なめの酢飯が詰められている。
甘辛のつゆが沁みた油揚げの、
余った部分が折られている。
その折られた部分を口に入れると、
つゆがじわりと滲み出てくる。
これがたまらない。

酢飯はほどよくほどけて、
油揚げのほろほろと混ざり合う。
「あぁ、これは美味い、美味すぎる」
そうしみじみ思った瞬間、美味すぎて涙があふれた。

「あぁ、これは美味い」
と口中で感じると同時に、
「僕は何も善いことをしていない、ぐうたらな人間。
 Y家の皆さんにもまるでお役に立てていないのに、
 こんなに美味しいおいなりさんを食べさせてくれる。
 あぁ、本当にありがたい」
と心でも感じてしまったのだ。

僕がおいなりさんを食べながら泣くものだから、
皆さんは、
「また歯が折れちゃったのかと思ったよ、ははは」
そう笑われた。

これからは少しでも善い人間になって、
にっこりと笑いながら
M子さんのおいなりさんをいただきたいと、
僕は密かに心に誓った。

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2015-01-11-SUN
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