MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『猫が教えてくれたこと』

寒うなってきたねぇ。
寒うなってくると、いつも思い出すことがあるんよ。

昔、昔、この辺りが大雪になってね。
そりゃもう、村の全部が雪で埋もれてしもうて。
オレは仕事で町に出てて、
さぁ帰ろうと思っても雪で道が通行止めになってて。

家には母親がひとり。
まぁ、まさか家は雪で潰れることもなかろうが、
そんでも、やっぱり心配するよねぇ。

電話は通じて、
「なぁんも、大丈夫やて。
 それより、無理して車で帰ってこんでもええよ。
 その方が、危ない。

 そりゃ、ちっとは心細いけれども、仕方ないから、
 猫に話し相手になってもらっとるんよ
 猫もちゃんと傍にいてくれて、話を聞いてくれとるよ」

3日、家に帰れんかった。
それでもなんとか道だけは除雪されて、
オレは家に帰れたんよ。

母親は、むしろ気丈になってたみたいで、
「しっかり留守番しとかんとなぁ。
 そりゃぁ、心細かったけれど、
 猫がえぇ話し相手になってくれてなぁ。
 寂しいことはちっともなかったんよ、なぁ」

本当に、猫は母親の傍で
母親の話を聞いているように思えたもんよ。

オレは、猫を抱いたんよ。
本当は母親を抱きしめたかったけれども、
そんなことは恥ずかしゅうてできないからさぁ。
かわりに、猫を抱いたのさ。

猫は温かかったんよ。

そん時、ふと思ったのさぁ。
この温もりが、命ってもんだなぁって。
普段、命なんて考えたことも感じたこともないけれども、
そん時、ふと思ったのさぁ。
命って、こんな温もりなのかもしれないなぁって。

オレが小学生の頃だよ。
学校の帰り道、草むらで鳴き声がするのさぁ。
ニャァ、ニャァて、小さい声が聞こえるんだよ。
それで、ついつい連れて帰っちまって。

母親は怒ると思ったのさ。
ところが、意外や、
「こりゃぁ、ダニに喰われとるかもしれんよ。
 風呂場で洗ってやって、きれにしてやって」

猫は元気に育ったんよ。
だいぶん大きくなって、オレの膝に乗って、
刺身の切れっぱしをもらって。
ご飯にかつぶしの、典型的な猫まんま食べて。
猫は大きくなったのさぁ。

おじい、おばぁ、親父、母親、お姉、オレ。
みんなの周りを、猫は順番にまわって
可愛がってもらうんだよ。
みんなで、まるで猫をキャッチボールしてるみたいでさ。
猫だからキャットボール?
ははは。

寒い夜、猫がどっかから帰ってくるんよ。
そいでオレの枕元で小さく鳴くんよ。
オレはどんなに寝てても、
布団をめくって猫を入れてやる。
始めはひんやりと冷たいんだよ、猫は。
それがすぐに、温とうなる。

そんなオレの猫は、あっさりと死んじまったんよ。
車に轢かれたんよ。

それでも、猫はきれいなまんまでねぇ。
傷なんか、ひとっつもないんだよ。
目だけはつむって、寝てるみたいなんよ。

ただ、温もりが消えてるんよ。
もう、冷たいんよ。
抱いてもさすっても、温とうならないんよ。
それがつらくて悲しくて、オレはポロポロ泣いたんよ。

そん時、思い出したんだよ。
死ぬって、温もりを失うことなんだってことを。

猫は冷たくなって、オレに教えてくれたんだよ。
死ぬって、ただ温もりが消えることなんだって。
生き物だから、いつかは死ぬんだよ。
でも、なにも失わない、
ただ温もりだけが消えるんだって。

猫がいなくなっても、
いつもと変わらない日々が続いたよ。
でも、猫とのことは、忘れないもんだねぇ。
しょうもないことも全部、覚えてるんだねぇ。

生きることも死ぬことも、なにも怖くなんかないよ。
なにも失うこともない、ただ温もりが消えるだけ。
温もりがあるぶんだけ、生きればいい。
そう、猫が教えてくれたのさぁ。

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2014-11-16-SUN
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