MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『国際ペーパー運転手、英国を走る』

英国の田舎でのんびりしたくなり、羽田に向かった。
最近は羽田から直行便が飛んでいる。
少しだけ、海外旅行が気軽になったような気がする。
北海道や沖縄よりちょっとだけ遠くへ
旅するような気分だ。

とはいえ、早めに羽田国際線ターミナルに到着、
あちこちを探訪してみた。
いつの間にか、提灯や朱色に塗られた鳥居で
和風に装飾されたレストラン街ができているではないか。

しばし食べられないであろうカレーうどんを注文しつつ、
英国での食事はいかがなものかと夢想する。
はて、英国のご馳走ってなんだったっけ?

11時間以上を費やしてヒースロー空港に到着、
現地のドライバーさんの出迎えを受けた。
高速道路をひた走り、
ロンドンを遠く離れた田舎町に着いた。

まずはパブに寄って地ビールとフィッシュ&チップス。
極東からやってきた観光客気分を満喫するのであった。
ウェイトレスさんの英語がほとんど聞き取れないが、
なぁに気にすることはない。
適当に単語を繋げれば、間違いなく
ビールとフィッシュ&チップスにありつけるのだから。

ちなみに、英国風の発音にするには、
ちょいと出っ歯にして発音するとよい。
「ヴィヤァー、フィユッシュ&チァップス」
僕はこれでちゃんと注文できた。
ただ、相当に見た目は悪いかもしれない。

ずいぶん前に、ロンドンのパブで食べた
フィッシュ&チップスの旨かったこと。
もっともそれは、他の食べ物が
あまり口に合わなかったことを意味するのだが。

何かで読んだ記事に、
『イギリス人は世界に向かって飛び出した。
 なぜなら、イギリス国内の料理が
 あまりに不味かったからである』
そう書いてあって、妙に納得したものだ。

しかし、イギリスのパブには伝統という、
深い味わいがある。
しかも、最近は日本のように
ビールを冷たく冷やして飲むようになったとのこと。
以前のように生温いビールではないのだ。

田舎のホテルにチェック・インし、
イギリスの第一夜は平穏に過ぎた。
が、この時期のイギリスの夜は
なかなか明けないのだった。
日の出が7時半くらいなのだ。

なんとか夜が明けて、レストランで英国式朝食。
ベーコン、ソーセージ、豚の血のプディング、
目玉焼きなど。
なんだかみんなしょっぱく感じられてならない。

「イギリスはしょっぱい」
そうぼやいたものの、イギリス人が和朝食を食べた時、
「ニホンはショッパイ」
と思うのかもしれない。

ミソ・スープ、魚の干物、漬け物、
どれも塩気を強く感じてしまうかもしれない。
和食の場合は、それらをご飯と一緒に口に入れ、
いわゆる口中調味をして、
ちょうど良い塩梅にするのだが。

ソーセージひと切れで食パン1枚くらい食べれば、
ほど良い塩気になるのだろうか。
ソーセージがまた太くて大きい。
ソーセージ1本を食べきるのは至難の業で、
加えてベーコン、プディングもあって、
これらを美味しく食べるために
山盛りのご飯があればと思ってしまう。

翌日の朝食は、ソーセージと血のプディングは断り、
ポーチド・エッグとマッシュルーム4個、トマト1個、
ベーコン少々にカスタマイズした。
マッシュルームが旬で旨くて感動しきり。

ホテル近くに住むイギリス人の友人の車で
レンタ・カー会社に向かう。
イギリスの田舎の交通手段は車のみで、
車がないとどこへも行けやしないのだ。

友人が、
「コイシ、ドライブは好きなのかい?」
と聞くから、
「ノー、僕は
 インターナショナル・ペーパー・ドライバー、
 あっはっは」
そう答えた。
友人は少しも笑わず、急速に表情を曇らせるのだった。

イギリスは、車は左である。
日本と一緒なのだ。
まぁ、なんとかなるだろう。

田舎道をのろのろと走る分には、
危険なこともなかろうと思っていた。
ところが、田舎の1本道を皆さん猛スピードで
走っているではないか。
時速70マイル、なんと時速100キロ以上で
吹っ飛ばしているのだ。

しかも、信号がほとんどない。
果てしなく続く平原の1本道を、
ノン・ストップで走り続けるのだ。
それはまるでカー・レースのようで、
少しでも遅い車がいれば躊躇なく追い抜くのだった。

僕は次々に追い越されながら、
「運転の仕方には、人間の本性が出るという。
 普段、穏やかに見えるのに、いざハンドルを握ると
 凶暴極まりない運転をする人がいる。
 となれば、英国紳士、淑女は、
 実は相当に気が短いのではなかろうか」
走り去る車を眺めながら、
僕は新たな英国人気質を見たような気がするのだった。

ロンドンはもちろん、
田舎の中心街となるとどこも渋滞する。
進入禁止の道を逆走しかけ、
信号の見間違いで交差点内立ち往生、
右折したつもりが右車線だったり、
ヒヤリとすることもあったが、
皆さん実に穏やかな対応をしてくれるのだった。
「ノウノウ、ここは入れないよ。
 あっちへ行かないとダメだよ」
などと笑顔で教えてくれた。
やはり、英国紳士、淑女は大人なのだった。

最終日はロンドンで1泊。
夜、『レ・ミゼラブル』を観に行った。
DVDを何度も観て予習しておいたので
筋をちゃんと理解でき、いやはや感動しきりだった。

劇場を出ると、霧雨が降っていた。
道路は相変わらず混んでいて、
ロンドン・タクシーはなかなかつかまらない。
雨に濡れてシルバーに輝く石畳の道を、
僕は英国紳士になった気分で歩いた。
英国は、やはり素敵だった。

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2014-10-26-SUN
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