MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『キャバレー時代』

同期のマジシャンたちと対談をすることになった。
皆、1970年代にこの世界に入った
ベテランというか古株というか。

40年以上も厳しい業界で
しぶとく生き残ってきたマジシャンたち、
さすがにひと癖もふた癖もある、
どうにも喰えない連中ばかり。

控え室に入ると、さっそく昔話を始めて、
「やっぱりさ、
 キャバレーの仕事ばっかりだったよね」

「ほら、横浜のキャバレー、
 何ていう店だったかなぁ。
 ホステスさんがお婆さんばっかりで、
 お客さんもお爺さんばかりで。
 だから、夜の10時のショーはみんな寝てる」

「ハトが店中を飛び回っちゃって。
 鳥の嫌いなホステスさんが逃げ回るは
 グラスは割れるはで、散々、怒られてさ。
 それ以来、ハトは飛ばないゴムのハトにした」

周りで聞いている若手マジシャンたちには、
さっぱり分からない苦労話に違いない。

私たちがプロのマジシャンとなった頃の仕事場、
マーケットと言えば、もっぱらキャバレーだったのだ。

昔々、都内のあちこちに
キャバレーという遊び場があった。
ホステスさんがいて、ビールや酒を呑みながら
ショーを観たり踊ったりする店で、
『サラリーマンの社交場』などと言われていた。

終身雇用、年功序列、経済は右肩上がりの時代、
夕方になれば仕事を終え、
「課長、今日はひとつ、
 キャバレーでパァ〜っとやりませんか?」
てな感じで、連日満員御礼の店も
少なくなかったのだ。

客は男性ばかりで、
我々が演じるマジックなんて見てくれなかった。
それなのに、仕事は増えるばかりだった。
支配人に聞いてみると、
「なぁに、客のためじゃなくて、
 ホステスのためにショーをやってるんだよ。
 ショーの間は、接客を休んで見てりゃぁいいんだから。
 それに、マジックだと
 客とタネ明かしごっこして遊べるしさ」

雇われる動機は相当に不純ではあるが、
毎日のように仕事があって、
それなりにギャラがもらえるのだから
実に有り難い職場だったのだ。

「マジシャンて、何で食っていけるの?
 マジックの仕事なんて、あるのかい?」
周囲の人から何度も訊かれたものだが、
マジシャンには当時、キャバレーという
意外と堅いマーケット、市場があったのだ。

私たちはまず、芸能事務所に所属した。
事務所から、
「今日は赤坂のキャバレー◯◯です。
 8時半と10時の2回、よろしくお願いしまーす」
電話をもらい、夕方に出動する。

ごく普通の会社員のように、定時に出勤する毎日だった。
普通の仕事と違うのは、毎日職場が変わるのと、
夕方に出勤することくらいだった。

ショーに出演して、事務所からギャラをもらう。
一軒あたりのギャラは安くても、
毎晩のようにショーに出ていたから、
それなりの収入はあった。

キャバレーというマーケット、
市場が消えてしまうなんて、
当時はまるで考えられなかった。
それが突然に、毎日のようにキャバレーの閉店が続いた。
私たちは唯一のマーケット、市場を失ってしまったのだ。

だが、失ったからこそ、
新しいマーケットを開拓する気になったのかもしれない。

たまに出させてもらったテレビ番組の制作会社に行って、
「えぇ、とにかく面白い新ネタが
 3、4、いやいや5、6個はあります。
 はいはい、そりゃもう大爆笑間違いなし」
なんて、新ネタなどひとつもないのに
でまかせを言ってみたり、
ホワイトボードに書いてある番組の企画案の余白に
勝手に、
『有望タレント、ナポレオンズ』
と書き加えたりした。

新しい市場、遊園地だったりデパートだったり、
様々な仕事場が増えてきた。
反比例するようにキャバレーの仕事は減り続け、
とうとうゼロになった。

「でもさぁ、キャバレー時代って、楽しかったよね。
 たまに、ひどい目に会っても、
 それが社会勉強になったしさ。
 面白いマジックをやるとちゃんと拍手してくれて、
 もっと面白くしようって工夫して、練習もできたしさ」

「キャバレーのお客さんて、
 マジックを見てもめったに関心を示さくて。
 みんな心底つまらなそうな顔で見てるんだよ。
 でも、それがいちばん良い先生だったんだよね。
 寄席でもそうなんだけど、
 笑わないお客がいちばんの先生なんだよな」

「キャバレーが仕事場だったから、
 一度もキャバレーで飲んで遊んだことがないんだよね。
 一度でいいからキャバレーで飲んで遊んで、
 マジックショーを見たかったなぁ」

私たちにとって、キャバレー時代は
青春時代だったのかもしれない。
苦い記憶も痛々しい傷も、時が過ぎて
すべてが切なく愛おしい思い出なのだ。

都内にも地方にも、キャバレーはまだまだ健在だという。
だが、私たちのキャバレー時代は、
ステージ衣装のポケットの奥深くに、
ひっそりと仕舞われたままである。

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2014-10-19-SUN
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