MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『長寿の秘訣』

92歳の父と91歳の母が健在だというので
帰ってみることにした。
いつか、
「あんた、誰?」
忘れられる前に、もう一度バカ息子の顔を
認識してもらわなければならない。

新幹線は自由席にした。
何時のでも、適当に乗ればいい。
朝寝坊したら、したなりの新幹線に乗ればいい。

ただ、自由席なので座席が確保されていない。
当たり前だ。
自由席車両の列に並び、ドアが開いたら
ついつい足早になってなだれ込む。
空いている席、快適そうな席を
すばやく見つけなければならない。

いびきのうるさいおじさんの隣などは、
絶対に避けなければならない。
瞬時の見極めが、なかなか難しい。

電車で、空いている席に
猛ダッシュする老人がいたりする。
あんなにすばやく動ける体力があるなら、
立っててもよいのにといつも思う。

そういうみっともない大人は嫌だから、努めて優雅に、
かつ速やかに空席に滑り込む。

故郷の最寄り駅に着くと、姉ふたりが待っていてくれた。
父母のことも心配だけど、
姉たちのことも気がかりな今日この頃である。
だが、ふたりとも元気そうでなによりだ。

まっすぐ実家に帰ればいいものを、まずは美味しい旨い、
故郷でも評判の蕎麦屋さんへ。

モロキュー、天ぷらでビールの後、とろろ蕎麦。
この蕎麦をたぐると、
やっと故郷に帰った気がするから不思議だ。

蕎麦をすすりながら、
誰かが言っていたことを思い出す。
「田舎って、何かを我慢してないと暮らせないんですよ。
 逆に都会は、我慢してたら生きていけないんですよ。
 田舎では、オレがオレがじゃ皆に嫌われる。
 都会は、オレがオレがじゃないと生存競争に勝てない」

姉たちも、何かを我慢して生きているのだろうかと
様子をうかがえば、ふたりともモロキューや
天ぷらもバリバリと快活に食べている。
大丈夫かもしれない。

蕎麦屋さんを出て、スーパーへ。
懐かしいカラシ豆腐を買う。
丸い豆腐の中央に、かなり辛い和ガラシが入っている。
醤油をかけ、真ん中のカラシとともに豆腐をほうばる。
豆腐の風味と鼻にツンと抜けるカラシの刺激的なこと。

どうやら故郷近辺にしかないようで、お隣の県では誰も
知らない食べ物らしい。
「えっ? カラシ豆腐って全国にあるんじゃないの?」
上の姉が心底びっくりしたような声を出した。

久しぶりの実家、父は相変わらず元気で
畑仕事にも精を出していた。
陽射しに焼けて赤銅色の腕がちょっと可哀想にも思える。
近所のデイサービスに行っていて不在だった母も
夕方に帰宅、意外と元気そうでひと安心する。

92歳、91歳の父母であるが、見た目は80歳の頃と
変わらないように思える。
ただ、母に、
「お母ちゃん、いくつになったの?」
と訊くと、
「88歳じゃ」
とお答えになるのが、ちょいと、ちょいとなのだ。
まぁ、この調子で10年ほど、
「88歳じゃ」
と言い続けてくれたら嬉しいのだが。

田舎の夜は早い。
午後5時にお風呂、6時前には夕ご飯を食べ、
7時半くらいには就寝してしまう。
さすがに姉たちはまだ起きていてくれるが、
9時過ぎにはさっさと寝支度をする。

誰もいなくなった居間で、
来し方行く末をぼんやりと考える。
はたして今後の10年間はどうなっているのだろう。

父母はとうとう100歳超え?
姉たちは75歳以上?
僕は何歳で、どうなってる?
いくら考えても答えなど出ないので、
父のために買ってきたウイスキーを飲み、
酔っ払って寝た。

翌朝、父母の顔を見に行った。
食卓にごはん、みそ汁、焼き魚、
ししとうの煮物などが並んでいる。

ほぼ毎日、似たようなメニューらしい。
特に健康、長寿食というものに留意している様子もない。
いったい、長生きの秘訣はどこにあるのだろう。

以前、知人の祖父が104歳で亡くなったと聞いて、
不覚にも、
「大往生だなぁ」
と思ったことがある。

ところが、遺族の方々は、
「あと、もう少し生きててほしかったです」
僕は大いに反省したものだ。

我が両親も91歳と92歳、何かがあれば、
「大往生ですね」
なんて言われるのだろう。
だが、身内にとっては90歳でも100歳でも、
「もうちょっと、生きててほしかった」
そう思うものなのだろう。

昼過ぎに、近くの医院の院長さんの往診があった。
先生はなんと、僕の小学校の同級生なのだ。
父と母が血圧を計ってもらったので、
ついでに僕も計ってもらうと、
「ありゃ、さすが息子さんやねぇ。
 ちゃんと高血圧も遺伝しとるよ。
 でも、大丈夫、わたしも高血圧でねぇ。
 この年になれば、まぁ、みんなね。
 高血圧、みんなでなれば恐くない。
 あははは」

普通の病院は、朝早く行って
延々と順番を待たなければならない。
それが、お医者さんが家まで来てくれて、
あははと笑いながら診てくれる。
僕は、この町の人々の長生きの秘訣が
分かったような気がした。

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2014-10-05-SUN
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