MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『無我夢中』

携帯が鳴った。
長くお付き合いさせてもらっている
プロデューサーからだった。
「この日なんだけど、空いてる?」
あの番組への出演オファーだった。

いつもなら、
「はいはい、空いております。
 もちろん新ネタも2、3ネタあります。
 はいはい、どうぞよろしくお願いしまーす!」
などと、調子良く応えるのだが。

本当は新ネタなんかなくても、後で考えればいい。
今回のテーマを聞いてちょいと集中して考えれば、
きっと面白そうな新ネタが出来るはず。

だが、その日の僕は、はいはいの替わりに、
「近々、ちょっと相談に乗ってもらって
 いいですか?」
そう、応えていた。

なぜなら、僕は長いスランプに陥っていたのだ。
もう、どうやっても好いネタが浮かばない。
面白い新ネタの、カケラさえ思いつかない
状態だったのだ。

以前なら、好いネタも面白い新ネタも、
頭の中にある様々なマジックの形態を組み立てたり、
壊したりするうちにアイデアが浮かんだのに。

後日、僕はプロデューサーを訪ねた。
長いお付き合いというものは有り難いもので、
僕の顔を見るなり、
「今回はさぁ、テーマはこんなんでね、
 だから、ネタは以前やったアレを少しアレンジしてさ。
 登場は、ほら、トランプを飛ばすの、
 あれがいいんじゃないかなぁ」

なんと、プロデューサーは僕のスランプ、
新ネタ欠乏症を見抜いていたのだ。
それでノー・アイデア、お手上げバンザイ状態の
僕に代わって、ネタの組み合わせまで
考えてくれていたのだ。

きっと僕の顔に、
「私はスランプでございます。
 えぇ、なんのアイデアも浮かびません」
そう書いてあったに違いない。

以前から僕は、
「小石くんて、感情が思いっきり顔に出るねぇ。
 なに考えてるかすぐにバレるタイプ。
 それって、マジシャンにとっちゃ致命傷でないの」
などと言われ続けてきたのだ。

プロデューサーの提案に、
僕はたちまち顔をほころばせて、
「はいはい、アレですね!
 アレはいいですねぇ、
 でも、思いつかなかったなぁ。
 で、トランプ飛ばし、ですよね。
 いやぁ、素晴らしい組み合わせですねぇ。
 あぁ良かった、なるほどなるほど」
さっきまでの重度アイデア欠乏症をすっかり忘れて、
無邪気に喜んだのだった。

プロデューサーから、
「今回は生放送でね。
 ゲストの大物タレントも
 マジックに参加させてもらいたいんだよ」
と、追加情報をいただいた。

生放送となれば、事前に何度もリハーサルをする。
僕たちは数日に渡って練習を重ねた。
ゲストのタレントさんは当日しか来られないので、
スタッフのひとりに代役をやってもらった。

プロデューサー始め、スタッフの皆さんからあれこれと
注文やらアドバイスが入る。
セリフも考えてもらった。
もう、完全に僕の仕事を丸投げ状態。

あぁ、良いなぁ、僕は幸せ者。
こうして皆さんが真剣にネタやらしゃべりやらを
考えてくれる。
仕事丸投げの反省はそのうちするとして、
まずはこの幸せを甘受しようと決めた。

とはいえ、段取りの練習、ネタの稽古は大変だ。
ゲストのタレントさんは当日、
ぶっつけ本番という状態なので、
様々なハプニングを考えておかなければならない。

ほんの数分の生放送のために、
何時間もマジックの練習を重ねる。
面白いギャグを皆で考え、議論し合う。
馬鹿馬鹿しいマジックを、
皆さん真剣なまなざしで見つめている。

いよいよ、生放送の日がやってきた。
控え室に入って打ち合わせ、続いて場あたりリハーサル。
そしてついに生本番の時間が迫ってきた。

袖で待機していると、ゲストのタレントさんが現れた。
楽屋前でチラッと顔合わせしただけで、
何も打ち合わせできていない。
一緒にやってもらうマジックは、
事前に録画しておいた稽古風景を観てもらったようだ。

たちまち登場の音楽が鳴り、僕たちは高座に飛び出した。
トランプ投げがウケて嬉しかった。
「今日は大きなマジックをやるので、
 大きなアシスタントを用意しました。
 どうぞー!」

大物ゲストが登場し、一気に雰囲気が盛り上がった。
何度も練習した段ボール箱のマジックが始まった。
タレントさんの動きは見事だった。
大きな段ボール箱を中央に運び、
踏み台まで軽々と持ち上げる。
僕はその動きにツッコミを入れる。

段ボール箱マジックの、僕の見せ所がやってきた。
ところが好事魔多し、
とんでもない失態をやらかしてしまった。
タレントさんは僕の失敗を見て大喜びの表情、
観客もつられて大爆笑。

最後はいつものマジック、
タレントさんの頭も回してもらい、生放送終了となった。

僕は失敗にもかかわらず幸せいっぱいだった。
本当に久しぶりに、夢中になれた。
慣れたはずのステージで、無我夢中になれたのだから。

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2014-09-21-SUN
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