MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『名優誕生』

知人の俳優さんからメールをいただいた。
「今度お芝居をするのですが、小石さんに役者
 として出演していただきたいと願っています。
 ご検討、よろしくお願いします」

私は映画、テレビドラマ等への出演経験はあるが、
生の舞台への出演は未経験だ。
しかし、新しい分野にチャレンジするのは
大好きなので、
「はいはい、喜んでお芝居しちゃいますよ〜!」
内容も聞かないまま、ふたつ返事で
OKしたのであった。

数日後、俳優さんと直接会って
具体的なお話を聞いた。
私は8話の中の2話に出演、
朗読1話を担当することになった。
生の芝居も初めてなら、朗読も初めてだ。

まるで経験にないことで、本来ならば大いに
ビビるところだが、最近は映画に
出していただいたこともあって、
「役者というのも、やりがいのある仕事だなぁ。
 演技というのは難しいけれど、
 底知れない魅力があるもんだ」
などと感慨しきりで、断る気持ちなど
さらさら起きてこなかったのだ。

様々な番組で、色々な役をやらせてもらった。
マジシャン役はもちろん、
漫才師やピン芸人の役もあった。

これらを演じる際は、監督さんから、
「まんま、自分自身のままで出ていただければ」
つまりは、何も演じなくてよかったのだ。

スリの役、というのもあった。
監督さんが、
「スリの役もやってもらうんだが、
 他の役者にスリの手口も指導してもらいたいんだ」
とおっしゃる。

すぐさま、
「監督、私はマジシャンをやってまして、
 スリは今まで一度もやったことないです。
 だから、手口なんて知りません」
と否定したかったのだが、
あいにくとマジックのジャンルに
『ピックポケット(スリ)』があるのだった。

監督はどこかでマジシャンの『ピックポケット』、
スリをショー化したものを観たらしく、
マジシャンとスリとは
同一のものだと思っておられたのだ。

仕方なく、役者さんたちに
スリの手口の指導をしていると、
「あの、以前にスリとか、やってたんですか?」
などと訊かれ、閉口したものだ。

さて、今回の芝居は
何の役を与えられるのだろうかと、
台本を楽しみに待った。
待ちながら、私はやっと重大なことに気付いた。

映画では、なんと10回以上のNG、
ダメ出しをいただいてしまった私である。
テレビドラマでも、
セリフを抜かしたり間違ったりのNGを連発したものだ。

それでも、やり直したり
編集で繋いでもらったりした。
それが、生の舞台となればNGも出せず、
編集なんて不可能だ。

私は、以前に演出として携わった舞台を
思い出していた。
新人の女優さんの、
「あたしの夫が、女をつくって出て行って‥‥」
というセリフなのに、
「あたしの夫が、男をつくって出て行って‥‥」

さぁ、周りの共演者たちは
セリフが繋げなくなって右往左往。
恐ろしや当の新人女優さんの消息は、
その後ようとして知れない。

生の舞台では、NGは絶対に許されない。

不安のタネが次々と浮上する。
私は、どうにもセリフ覚えが悪い。
それに、本読みやリハーサルというのが苦手で、
妙に緊張してしまう。
覚えたはずのセリフが、
立ち稽古になるとすっかり消えていたりする。

スタジオを借りての稽古が、連日のように続いた。
他の役者さんたちは、
始めは台本を持って演じている。
だが、2、3回稽古を重ねると、
もうセリフを頭に入れている。
誰もが台本なしで稽古に励んでいる。

私だけが、いつまでも台本を持って稽古している。
演出の先生の口元が、
「やれやれ、なんだこの役者。
 演技指導以前に、まずセリフを頭に入れろってんだよ。
 こりゃ、こいつだけは降ろすこともあり、だな」
などと動いているようにさえ思われて、
増々セリフが遠ざかる。

こんな調子で、はたして本番を迎えられるのだろうか。
不安と期待を抱えて、今日も稽古場に向かう。

私だって、代表作というものが欲しい。
代表作が『あったま・ぐるぐる』では軽過ぎる。
もっと重厚な代表作が、私には必要なのだ。

芝居の世界でも名優と呼ばれ、
「あの代表作、◯◯役はまさに当たり役ですね」
などと評価されたいのだ。

いつの日にか名優と呼ばれることを信じて、
もう一度台本を読むとしよう。

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2014-07-20-SUN
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