MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


忘れられない。
だから、書いてみたいと思っていた。
でも、これまで書けないでいた。

けれど、書いてはいけない物語ではないと思う。
だって、落語の人情噺のように、
誰もが善い人ばかりなのだから。

『哀しき特選』

Sさんが幹事を務める句会が始まった。
Sさんと私を含めて4人の、小さな句会である。

夕刻、三軒茶屋の蕎麦屋さんに4人が集まって、
まずは飲み会となる。
皆の俳句は、すでに幹事である
S氏に届けられていて、
その場で詠むわけではないのだ。

「では、そろそろ、始めますか」
Sさんがひとり5句、
合計20句がプリントされた用紙を配り始めた。

句会が始まり、20句の中から自分の作以外の
3句を選ぶ作業に取りかかる。
選んだ3句の中から更に特選、1位、2位を選ぶ。
この時点で、幹事以外の3人は
どれが誰の句かは分からない状況だ。

特選の句には3点、1位の句には2点、
2位の句には1点が与えられる。
多く点数を獲得した詠み人から順に
天、地、人の称号が与えられる。

まず、幹事以外の3人が選んだ句を発表し、
その選択理由などを述べる。
句会の最も楽しく、興味深い瞬間だ。

「いやぁ、この句の季語の入れ方、素敵ですよねぇ」

「わたしは、こんな表現、
 言葉の使い方はできませんでした。
 新鮮過ぎます、好きです」

「なんか、読んだ瞬間に、見事に情景が浮かびます。
 まさに、写生句ですよね」

悲しみは突然にやってきた。
私の句は誰にも選ばれなかったのだ。
私は0点、天でも地でもなく、人でもなかった。

その時、幹事のSさんが、
「では、最後に私の選んだ句を申し上げます。
 2位はこの句、1位はこちらの句、
 そして特選は、これ、この句です」
なんと、私の句を特選に選んでくれたのだ。

私はかろうじて0点を免れ、3点を得られた。

これまでの句会で、私はまぁまぁの評価を得ていた。
それゆえ、今回も大丈夫だろうと
高をくくっていたのだ。
それが、危うく評価ゼロに堕ちるところだった。
だが、Sさんの評価でかろうじて救われたのだ。

私はホッとするやら嬉しいやらで、
2次会にも参加して大いに飲んだ。

翌日、プリントされた20句をしみじみと見た。
それぞれの句の上に、与えられた点数が
書き加えられている。

私の句は、4句が評価ゼロ。
Sさんが選んでくれたただ1句の上にだけ、
めでたく特選、3点と書き加えられている。

その瞬間、私はやっと気付いた。

幹事であるSさんだけが、
どの句が誰の作品であるかを知る立場にある。
そして、最後に自らの評価を発表する。

Sさんだけが、それぞれの俳句が選ばれ、
点数を重ねてゆく中、
私の5句がずっと0点のままなのを知っていたのだ。

きっとSさんは想いを巡らせたに違いない。
「小石さんだけが未だ0点。
 むむむ‥‥。
 このままではあまりにも‥‥。
 むむむ‥‥」

そうしてついに、幹事であるSさんは
私の気持ちを救うことを選択したに違いない。
感じたままの評価を捨てて、
私を救うことを選択してくれたのだ。

私は、Sさんが私の1句を選び、
評価してくれた時のことを思い出していた。
「いやぁ、想いが一気に、
 真っすぐに伝わってくるじゃないですか。
 それをがっちりと受け止めて、特選にしました」

私の方が、遅ればせながらSさんの想いに
やっと気付いた。
そして、私もSさんの想いを素直に受け止め、
有り難く評価を頂戴した。

気付いた瞬間は惨めに思う気持ちもあったけれど、
Sさんの人柄、いたわりのお気持ちに
感謝する想いが勝りました。

Sさんのお気持ちに特選!
ありがとう、Sさん。

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2014-07-06-SUN
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