MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


僕はチョウチンアンコウが好きだ。
頭部あたりから伸びた棹のようなものを
ヒラヒラさせ、時に光らせたりして魚を捕る。
他の魚類とはまるで違うユニークな捕食法。
魚なのに、魚を釣って食べる釣り人みたいだ。

僕はチョウチンアンコウの映像を飽きずに眺め、
いつの間にか自分に重ね合わせている。

『深海のささやき』

おいらはチョウチンアンコウです。
年齢は定かじゃないけれど、
たぶん4歳くらいかしらね。
4歳といっても、
人間とはだいぶ時間の感覚が違うから、
人間だったら20歳から50歳くらいの間、
としか言えないなぁ。

当たり前だけれど、海がおいらの住処。
海の、かなり深海で暮らしているんだよ。

身体は丸くて、背中に棹みたいな
シッポのような突起が出てて、
それを時々光らせて獲物をおびき寄せるんだよ。
その突起の先端の形状が提灯に似ていて、
それで提灯アンコウと名がついたみたいだよ。
どうやら、魚類としては希少な存在のようで、
早い話が変わり者ってことだね。

まだ生まれたばかりの頃は、
おいらも色々迷うこともあったなぁ。
他の魚たちの後を追ったり、マネをしてみたり。

始めは、鯵さんたちの暮らしを追いかけて。
彼らは集団で行動していて
それはもう見事に大きな塊となってて、
光り輝いててねぇ。
その輝きが羨ましくって、
なんとかその輝きの一部になりたくて。

鰹さんに憧れたこともあった。
丸まると太っていて、それでいてシャープな身体で、
泳ぎが美しくて。

鮪さんたちの後も追いかけてね。
もちろん、まるで追いつけやしない。
早いだけじゃなくて、その泳ぎの迫力あること。
でも、彼らは泳ぎ続けないと死んでしまうんだよ。

鯵さんに憧れて、その集団生活に入らせてもらおうと
思ったものの、どうにも集団生活にはなじめなかった。
集団としてどこに行こうとしているのか、
中にいると分からなかったし。
先頭はどこに向かうのか、
後方はどこを目指しているのか
目にも見えず、耳にも聞こえてこなかった。
そんな集団行動が辛くなって、
おいらはいつしか鯵さんたちから離れてしまったんだよ。

鰹さんも鮪さんも、丸くて泳ぎの苦手なおいらを
気にかけてくれた。
変な提灯を身体に掲げていて、
「ヘンテコリンな魚だなぁ」
そう思って気になったのかなぁ。

でも、逆に言うと鰹さんも鮪さんもおいらのように
遅く泳げなかったんだよね。
待っていてくれようとしても、
ついつい猛スピードで泳いでしまって。
無理からぬことだよね。

トビウオさんのグループに
弟子入りしたこともある。
魚なのに、水中ではなくて海面を飛びながら
移動するって、本当にビックリだったなぁ。
トビウオさんは私にとってスーパー・スター、
憧れだった。

もちろん、丸くてゴツゴツしたおいらが
飛べるはずもない。
だいたい、ヒレの大きさ、長さがまるで違う。
それでも、1ミリでもいいから
海面に飛び出してみたかった。

不思議なことに、トビウオさんは
おいらの想いを否定しなかった。
彼らはいつの間にか飛ぶことができてしまったので、
「君もそのうち、飛べるようになるよ」
なんて、真顔で言うんだよ。

飛べないことは分かっていたよ。
それでも、トビウオさんたちの飛ぶ姿を見て、
おいらも飛んでいるのを夢想するだけで満足だった。

いつしかトビウオさんたちの姿が見えなくなり、
おいらは深海に戻ったよ。
泳いでいるのか止まっているのか、
それともただ波に揺られているだけなのか。
ただゆらゆら、フワフワと深海を漂う暮らし。

でも、思うんだよね。
たとえ一瞬でも、おいらは鯵や鰹、鮪、
トビウオになったんだよ。
と、同時に思うよ。
おいらはチョウチンアンコウなんだよ。

いつも言われる。
「魚なのに棹を振って魚を釣る、
 本当にトリッキーだねぇ」
おいらはなんだか嬉しい気持ちになる。
そう、チョウチンアンコウはトリッキーな生き物。

深海に漂いながら、しょっちゅう海面を見ているよ。
海面ははるか遠くのようで、
それでいてすぐ目の前のようにも思えるんだよ。
海面の光は、海の底の方にも届いてキラキラしてる。
ちゃんと、おいらたちのところにも届いているんだよ。

そして今日もぷくぷく、ぷくぷく、泳いでいるのさ。

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2014-05-04-SUN
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