MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『春、美食と侘び飯の日々』

毎年、桜の季節になると
お誘いのメールをいただく。
「今年も我が家の桜が咲き始めました。
 ◯月◯日、夜桜を一緒に愛でましょう」
僕はいつも、このお誘いを心待ちにしている。
幻想的な夜桜ももちろん楽しみなのだが、
奥様お手製のご馳走の数々を
美酒とともにたらふくいただけるのだ。

宴の始まりは、完熟のパパイヤを器にしたビシソワーズ。
パパイヤの果肉をスプーンですくい、
ビシソワーズとともに口に含む。
果肉の甘さとビシソワーズの柔らかい塩気が混じりあう。
この口中調味が、たまらない。

豚肉と大根、こんにゃくの煮物に箸を伸ばす。
半熟の玉子が添えられていて、
煮込まれた肉と玉子の黄身を重ねてかぶりつく。
肉の脂と黄身のねっとりに、しばし陶酔。

初物と小躍りしたくなる竹の子の煮物。
鰹節がからまった竹の子に、木の芽の鮮やかな緑。
しゃきしゃきの歯触り、山里の春の香りが鼻に抜ける。

アスパラとブロッコリー、空豆のサラダ。
鮮やかな緑色が、ガラスの器に映えている。
それらを、豆腐と醤油を混ぜ合わせた特製ソースに
つけていただく。
ディップと言うそうな。
固めに茹でられた野菜にフワトロのソースをディップ、
食べる、食べる。

鯛の卵というのを食べたのは初めてだった。
卵を出汁で煮ているとのこと。
黄色い固まりを、舌と上あごで
つぶすようにして食べる。
ホクホクのような、ホロホロのような。
淡白なのに旨味がいつまでも続く。

「小石さんて、こういうの、好きでしょ」
茄子の甘辛煮が大皿にたんまり。
好きも好き、大好物。
僕はたちまち茄子の甘辛煮の天敵と化し、
次から次へと茄子を口に放り込む。
口の中に甘辛を残したまま、辛口の日本酒をぐびっと。
旨過ぎてこわい。

真打ち、今宵の宴のトリは、
見事な焼き上がりのローストビーフ。
もう、旨いなんてもんじゃぁ、ない。
ワサビ醤油につけて、厚めのをがぶり。
ローストビーフ、肉汁バンザ〜イ。
渋めの赤ワインを口に含むと、肉汁とからみ始める。
こういうのを出会いものと言うのだろうか。
熟成と熟成の万歳三唱。

〆は、ここでしか食べられない熟練のいなり。
厚くぼってりとした油揚げが、
旨味をたっぷりとたくわえている。
中のご飯のほどけ具合が、またたまらない。
ひとつ食べて、残りはお土産にしてもらう。

最後にもう一度夜桜を愛で、今年も目出たく
お開きとなった。
美食の数々、本当にありがとうございました。

翌日、ご馳走の味わいが未だ舌に残っている。
しかし、あのような旨さをいつもいつも味わえる
はずもない。
しかし、腹は減る。
仕方なく冷蔵庫を開けると、ずいぶん前に買った
キムチ、エノキ、豆腐と油揚げが見える。

小さめの豆腐一丁を5等分に切り、
おかかと醤油で煮る。
そこにキムチをたっぷりと投入、弱火にする。
味見をすると、キムチの酸っぱさが強烈だった。
「おいキムチ、お前、まだ大丈夫だよなぁ」
思わずキムチに問いかける。

酸味を和らげようと、油揚げを3センチ角に切って
加える。
エノキも参加してもらう。
再び味見をするが、今度は旨味が足らない。

卵を割り、かき混ぜて全体に回しかける。
冷蔵庫の古くなった残り物だけを使った卵とじの完成だ。

残っている物を全部フライパンに投入したので、
ずいぶんと量が多くなった。
味見ついでに小さい皿に盛り、缶ビールを開ける。
卵のおかげで、なんとか味はまとまっている。
キムチの酸味も、卵と豆腐が和らげてくれている。

ビールを飲み干して、赤ワインに移行する。
それでも、つまみは同じ卵とじ。
なにせ、多く作ってしまったから仕方ない。

〆は、冷凍ご飯をレンジでチン、
フライパンに残った卵とじをどんぶり飯に乗っけて
キムチ豆腐の卵丼なり。
先日のご馳走三昧と比べれば、
涙が出そうな侘び飯である。
朝に満開の美食、夕べに一葉の侘び飯。
あぁ、我が春よ。

< 侘び飯も ほどがあろうと 花笑う >

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2014-04-20-SUN
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