MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『春のしっぽ』

ふと気付けば、街のあちこちに
新一年生を多く見かける季節になった。
小さな一年生たちは親といて、
若い一年生たちは
同じく新社会人となった仲間たちと
連れ立って歩いている。

小さい一年生たちは親と一緒だからそれと分かる。
新社会人たちがそれと分かるのは、
まだ着慣れていないスーツのためと思われる。
昨日までカジュアルな服装でいたのに、
いきなりスーツ姿に変身させられたかのような、
戸惑いの表情にも見えてしまう。


< ドッグラン 春のしっぽを 追いかけて >

公園の一角を、犬たちが走り回っている。
やっと温かくなってきた土の匂いをかぎながら、
小さな犬が大きな犬を追いかけている。
なかには、おずおずと隅の方を歩いている犬もいる。
なんだか犬の新一年生のように思えて可笑しい。

僕の人間一年生は、岐阜の山里だった。
当然だが、何も覚えていない。
小学一年生は、そう、小さな子供の足で
30分はかかってしまう学校だった。
曖昧な記憶ながら同級生は多く、
7クラス以上あったはずだ。

中学一年生は、小学校の隣の中学校だった。
学校までの時間は、10分くらいに短縮された。
なにせ、走るように飛ぶように通ったものだ。
それだけ中学校生活が楽しかったということだろうか。
先生も生徒も、それはそれはのんびりとしていた。

これは僕の偏見に満ちた考えなのだが、
我が古里の住民は皆が皆、のんびり暮らしていた。
古里は、気候が温暖で自然災害が少なかった。
春夏秋冬、特段に構える必要がないところだった。
春になれば、
「あれぇ、桜が咲き始めたぞ。
 こりゃぁ、春だなぁ」
冬になれば、
「なんだか寒いと思ったら、
 白いのがフワフワとしてきたなぁ。
 こりゃぁ、冬かいな」
なんて具合。

季節が厳しいところでは、こうはいかない。
秋になれば、
「もうすぐ冬だ。
 漬け物を漬けるべし」
冬ならば、
「春に向けて、タネを蒔くべし」
つまりは、先を見越して次々と、
着々と準備していくのだ。

何も考えず季節を迎えていた僕は、
先を見越して準備するという思考、習慣がなかった。
ぼんやりと中学生になった僕はそのまま卒業となり、
ちょっと大きめの町にある高校一年生になった。

高校も卒業時期になり、
東京にある大学の一年生になった。
青春を謳歌しているうちに時は過ぎ、
いよいよ就職の時期を迎えた。
友達は皆、ずっと以前から就職の準備を始めていて、
卒業と同時、あるいはそれ以前に
新社会人になっていた。

僕はといえば、卒業するまで大学生活を楽しみ、
就職は卒業してから考えようとしていた。
周りの誰もが今後の人生、就職先を決めていくのに、
僕は相変わらずぼんやりとしていたのだ。

そのうち、なぜだか、
「おい、お前はまだ何もするつもりがないだろう。
 しばらく、マジックの手伝いをしてくれないか」
なんと、仕事が向こうからやってきてくれたのだった。
こうして僕は新社会人一年生となり、
伊東のハトヤホテルのステージに立ったのだった。

神田にあるフォーマルウエアー専門店で燕尾服を新調し、
新人マジシャンとしてステージに登場したのだった。
街で見かける社会人一年生より
着こなせていない燕尾服姿で、
「どうもどうも皆さん、
 どうぞ、ございます〜」
わけの分からない新一年生だったのだ。

あれからずいぶんと時は過ぎたが、
ぼんやりした性格は直らないままだ。
我が業界に定年はないとはいえ、
季節が移りゆくように人生にも転機が訪れるだろう。
そうなれば僕は、今度は何の一年生になるのだろう。

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2014-04-13-SUN
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