MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『惜しい人々』

通訳の仕事をしている女性に聞いたお話。

「インド系外国人の英語通訳を頼まれましてね。
 ずっとスムーズに進行していたのですが、
 突然、
 『日本の有名なセルベールは、何ですか?』
 そう聞かれたのですが、
 『セルベール』の意味が分からなくって」

彼女は頭の中で必死に考え、
「セルベール? 確か胃腸の薬に
 そんなのがあったようだけれど、
 彼は胃腸薬の話をしていたわけでもないし。
 あぁ、困った。
 でも、プロの通訳者として、
 分かりませんとは絶対に言えない」
すると、彼は質問を変えて、

「じゃ、君のセルベールは何ですか?」

彼女はパニックに陥りそうになったのだが、
ふいに天の声が聞こえてきて、
「それはひょっとして、サーバーのことでは?」
彼女のプロ通訳者としての面目は、
かろうじて保たれたのであった。

近所の商店街に、中国料理屋さんがある。
店先に日替わりランチ・メニューが書かれた板が
風に揺れている。
見てみると、『野菜チンポン麺』と
手書きされているではないか。
本当は『野菜チャンポン麺』と
書きたかったのだろう。
惜しいなぁ。

以前には『ナースと豚肉定食』と
書かれていたこともある。
白衣のナースが、豚肉炒めをお盆に乗せて
運んできて、
「お待たせ、豚肉炒めよ。
 はい、あ〜ん」
と微笑む様を想像してしまうのは私だけだろうか。
ただならぬような、妖艶なような、禁断の味。

『ニラと玉定食』というのもあった。
『ニラ玉定食』か『ニラと玉子定食』だったら
良かったのに。
なぜか『ニラと玉定食』だと
まったく別物になってしまうような気がする。
日本語は難しいなぁ。

不思議なことに、
この店の手書きメニューの漢字に間違いはない。
『回鍋肉』とか『青椒肉絲』など、
ちょっと考えてしまいそうな漢字でも、
よどみなく書かれている。
どうやらカタカナとひらがなが苦手なようなのだ。
『チャーハン』は『チセールン』になり、
『ジャガイモ』は『ジャガイも』に
なっていたりする。

私はこの店の前を通る度、
ついついメニュー看板をチェックしてしまう。
素通りできないのだ。
うん? これこそが店の巧妙な作戦だったりして。

司会業をしている友人のお話。

「榊原郁恵さんと柏原芳恵さん、ね。
 もちろん、どっちがどっちだか、分かってるよ。
 それがさぁ、いざ本人を目の前にすると、
 榊原さんを『かしわばら‥‥』と
 言いそうになり、
 柏原さんを『さかきばら‥‥』と
 言いそうになる。
 
 峰竜太さんと竜雷太さん、これも困るよ。
 いや、どっちがどっちかって、分かるよ。
 それがさぁ‥‥」

私は長年、近所の杉の木を
『ヒラヤマ杉』だと思っていた。
最近になって『ヒマラヤ杉』だと知った。

先日、動物園が大好きな友人に誘われて出かけた。
カピバラたちが陽射しを浴びて餌を食べていた。
もぐもぐというか、もふもふというか、
実に平和な光景。

たくさんの親子連れがカピバラを見にやってきた。

「ほらほら、カピバラさんよ。
 可愛いわねぇ、お昼ごはんだね〜」

ひとりのお母さんが身を乗り出して、

「うん? なんだろう、ゲッパメって書いてある」

書かれているのは『げっ歯目』だった。
『げっしもく』、日本語は難しいなぁ。

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2014-03-30-SUN
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