MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『欠けた茶碗』

私は悩めるマジシャンである。
このところ絶不調なのだが、
これといった原因は見当たらない。
悩み迷いつつも、何を悩み、迷っているのかさえ
分からなくなってきた。
そこで、私は先輩マジシャンの話を
聞いてみることにした。


< 最近、思われることは? >

「この間、収録があってね。
 大勢のマジシャンが
 スタジオのひな壇に並んだのですよ。
 いちばん下の列には年収の少ないマジシャン、
 2列目にはもうちょい稼ぎの良いマジシャン、
 3列、4列と続いて、いちばん上は
 高額年収のマジシャンが座るという、
 現在の格差社会を象徴するような番組でね。

 ひな壇に座ると、ちょい前の番組のことを
 思い出したのですよ。
 数年前にあった番組でね。
 やはり多くのマジシャンがひな壇に並んで、
 失敗談なんかを語り合うという番組だったのですよ。

 その番組に出ていたマジシャンと、
 今回のひな壇に並んでいるマジシャンが
 全取っ替えになってて。
 もう、同じメンバーがいないのですよ。

 テレビ出演などしなくなったマジシャン、
 廃業してしまった人、亡くなったマジシャン、
 様々な事情があったのだろうね。
 本当に、すっかり替わってしまったのですよ。

 考えてみれば、マジシャンに限らず、俳優さんだって
 歌手だって、入れ替わりが激しいのだろうけれど。
 でも今回、ひな壇に座った瞬間に突然、
 人が入れ替わってしまったことに気付いてね。

 数年前の番組と、今回の番組に出ていたのは
 僕とあとひとり、ふたり。
 本当に、奇妙なものだと思ったよ。
 いなくなってしまったマジシャンに事情があるなら、
 居続けるマジシャンにも理由があるのだろうかってね。
 その理由は何なんだろうって」


< マジシャンの理想像って、あるのでしょうか? >

「うん、僕の場合は、基本的には良い人間でいようと
 努めてきました。
 だいたいねぇ、マジシャンは
 信用の薄い商売だから(笑)。

 ところが、この業界は単純ではないよね。
 すごく悪い人でも、いったんステージに上がると
 素晴らしいマジシャンであったりする。
 逆に、良い人なんだけれど、マジシャンとしては
 まるで評価できない人もいる。
 やはり、評価の高いマジシャンが
 良いマジシャンなのですよ。
 なんだか魅力的なマジシャンであれば、
 いくら悪い人でも良いマジシャンなのですよ。
 どう? 分かりやすい世界でしょ(笑)。

 以前にも言ったと思うけれど、
 『人を憎んで芸を憎まず、芸を憎んで人を憎まず』
 そういう世界なのですよ。
 そりゃぁ、良い人でかつ素晴らしいマジシャンであれば
 それ以上のことはないよね。
 けれど、それはなんだか難しい。
 悪い人でつまらないマジシャンにはすぐなれるのにね。
 現に、そういうマジシャンはいっぱいいる。
 名前は言わないけど(笑)。

 で、どうすればいいのかって?
 う〜ん、難しいねぇ。
 でも、まずは良い人であろうと努力するのが先だと
 思いますよ。
 それから、ゆっくりと良いマジシャンを目指す。
 そうじゃないかなぁ。

 そうそう、以前にいたのですよ、良い人が。
 マジックもまぁまぁで。
 それがある日、
 『俺は良い人を止める』
 なんて宣言してさ。

 彼は考えたのですよ。
 普段から良い人を演じてきて、
 すっかりそのイメージが定着した。
 そうなると、お手軽に女の子に声もかけられない。
 そんなことすると、びっくりさえされてしまう。

 反対に、普段からチャランポランなイメージの男は
 好き放題に話しかけて、それでも嫌われないでいる。
 良い人でいるなんてアホらしい、良い人なんて止めた、
 なんてね。

 でも、やっぱり、慣れないことはできないものでね。
 なんだかぎこちないというか、不器用というか。
 不器用なマジシャンというのがいちばん困る。
 それよりもなによりも、良い人じゃなくなったら
 彼のマジックへの評価も急降下してしまったのですよ。

 だから、難しいけれどもまずは良い人でいようと
 努めるべきだと思う。
 その結果、多少つまらない思いはするけれども、
 大いに悔やむことにもならない。

 けれどもね、常に良い人である必要はないと思う。
 時には良い人をかなぐり捨てて、
 悪い奴らを恨んでもいいと思う。
 『人を恨むなんて、人としていけないことなのでは?』
 そんな自責の念を抱えたままでいると身体に悪い。
 相当なストレスとなって免疫細胞の数を減らして
 しまうかもしれない。

 だから、呪っていいのですよ。
 他人の健康と自分の健康を考えたら、
 自分の健康の方が大切に決まっている(笑)。
 もちろん、暴力行為に及んだりするのはダメだよ。

 変な例えだけれど、茶碗があってね。
 それが、ほんの少し欠けている。
 あるいは、ヒビが入っている。
 そうなると、もう使えないよね。
 ほんの少しの欠け、ヒビなんだけれど、
 そこがみっともなくて使えない。

 捨てるしかないと思う。
 でも、その、ほんの少し欠けた、薄くヒビの入った
 茶碗に一輪の花を生けてみる。
 そうすると、なんだか美しかったりする。
 花が少ししおれると、不思議と茶碗のヒビや欠けが
 花の儚さと合うのですよ、へへへ。

話を終えて、先輩マジシャンは猫に餌をやり始めた。
「そうそう、この猫のごはん用の茶碗も欠けてるんだよ。
 でも、この猫、えらいでしょ。
 ほら、文句ひとつ言わないで食べてる」

いやいや、猫は文句を言わないのじゃなくて‥‥。
そう思ったのだが、確かに猫は美味しそうに平らげ、
欠けた茶碗をいつまでも舐め続けた。

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2014-03-16-SUN
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