MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。



『極意はどこにある』

名人と謳われた、
三遊亭圓生師匠のCDを聴いている。
「ポスターに『三遊亭圓生名人会』などと
 書かれていると、どうにも困った心持ちで、
 そのうちお上からお咎めが来るんじゃぁないかと、
 内心ビクビクしている、うふっ」

世の中に、これほど素敵なビクビクはないと思う。
軽妙な語り口からうかがわれる、ほんの少しの自負。
決して奢らず飾らずの品の良さ。
あぁ、羨ましい。

僕などは、
「今日はウケるんだろうか、
 こんなネタで良いのだろうか。
 なんだか、このところ、ダメなことが多いし、
 僕って、大丈夫なのだろうか」
とまぁ、なんとも情けないビクビク。

以前、アメリカ人のマジシャンと共演したことがあった。
彼は、出番の前にたいまつの炎で体を焼くのだった。
体はみるみる赤くなり、肩から胸に汗が滲み出てくる。
息づかいは荒く、今にも叫び声を上げそうな形相になる。
そして、そのままステージに飛び出す。
登場するや否や、すでに興奮の絶頂なのであった。

彼の過激な準備行動に影響を受けた僕は、
「なるほど、僕に足りないのは熱っぽさだ。
 もっと熱くならなければダメなんだ」
とはいえ、体を焼くのは熱くてイヤだ。
従って、あれこれ運動をして体を熱くし、
飛び出すような勢いでステージに出ることにした。
ビクビクしている情けない精神に、
肉体の熱で焼きを入れようという作戦だったのだ。

ところが、この作戦も間違いだと知った。
なんというか、足が出ないのに
上半身だけが前のめりになっているような、
恥ずかしい上滑り状態だったのだ。

ある日、ひとりのマジシャンに出会った。
彼は出番の前に運動などせず、椅子に腰を降ろして
静かに出番を待っていた。
「そろそろ、お願いします」
スタッフの呼びかけに彼は立ち上がり、
緩やかに歩を進め、ゆっくりとステージに上がった。
口調もゆるやかに、ひとつのマジックについて
語り出した。
観客の視線を悠然と集めながら、まるで焦らすように、
不安にさせるかのように。
観客が彼の穏やかな進行に慣れた頃、
ふいに不思議な現象を見せるのであった。

控え室に戻った彼が、その極意について語ってくれた。
「ステージへは常にゆっくりと歩いて、
 更にゆっくりと登壇するようにしています。
 なぜなら、急いでしまうと余計なアドレナリンが出て、
 浮ついたパフォーマンスになってしまうからです。
 むしろ高揚を抑え、自然に、流れにまかせて」

以降、僕も運動などせず、
ゆっくりと登場することにした。
苦労の末に会得した極意を、
彼はあっさりと僕に教えてくれた。
本当に感謝している。

子供の頃、近くの川にウナギがたくさん棲んでいた。
僕たちは川に潜って、巣穴に潜んでいるウナギを
素手で獲った。
ところが、掴んだと思うとウナギはヌルリと逃げる。
今度こそとチカラを込めてもヌルリ、スルリ。

先輩が極意を教えてくれた。
「ウナギは力一杯掴んではいけない。
 ウナギが掴まれているのに気付かないくらい、
 そっと手に包み込むのだよ。
僕は何度も練習をした。
いつの日か、ウナギは僕の手のひらの上で
ゆるゆると身をくねらせながらも逃げず、
フワリと水面に浮かび出た。

歯医者さんに宣告された。
「小石さん、そろそろ本格的な治療をしないとね。
 まずはセラミックを外して、詰め物も削って、歯髄、
 神経を・・・」
僕は恐ろしさのあまり意識が遠のくのであった。
誰か、僕に新たな極意を教えてほしい。
歯医者さんに心穏やかに、笑顔で通院できる極意を。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2014-01-26-SUN
BACK
戻る