MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ただ者ではない』


マジックを生業にしてなんとか、
生活を維持してこられた。
本当に不思議に思う。
ステージで、僕はいつも言う。
「いちばんの不思議はマジックじゃなくて、
 大した芸もないのに
 36年間もやってこれちゃったことですよ、はははは」
多くの観客がうなずくので、
 「あのね皆さん、うなずくのはやめてください」

なんとも頼りない芸の細道を歩んできたものだ。
心優しい方々は、
「いやいや、立派な芸をお持ちですよ」
などと褒めてくれるのだが、具体的にどこらあたりが
立派なのかと問うと、
「いやまぁ、その、なんというか、なんとなく」

芸は形のないものだし、
終わった瞬間に消えてしまうものでもある。
照明が当たり、ともかくも数種類のマジックを演じる。
出番が終了し、照明が消えると同時に
マジックも芸も消えている。
そういう日々を重ねている。

不思議なことが、もうひとつ。
マジシャンのお値段である。
僕はマジックを演じ、それに対する報酬をいただいて
生活をしている。
その報酬の額が決まっていない。
なんというか、お寿司屋さんの
『時価』みたいなものなのだ。

なんせ、その値段の幅が広い。
タダもあればタダ同然もあり、
あちこちの業者を経由するうちに
ずいぶんと高額になっていることもある。
いわゆる、末端価格というやつだ。
商品にはおよそ相場というものがありそうなのだが、
こと芸となると相場があってないようなものなのだ。

ボランティア活動は、当然ながら報酬はタダである。
親族あるいは親戚に呼ばれてとなると、ほぼタダ同然。
知人が催す小規模な会となれば、
「お車代しか出せませんが、よろしく」
てなこともある。

『お車代』というのがクセもので、
いくらなのかが袋を開けるまで分からない。
拡大解釈されて、袋の中に
千円分のスイカあるいはパスモが入っていても
文句は言えないのだ。

ドラマに出演した時のこと、制作会社の重役さんと
出演料について話し合った。
「小石ちゃん、ご苦労様でした。
 で、出演料はいくらにするかねぇ。
 新幹線で名古屋まで、でもグリーン車、いいだろ?」
僕はすぐに反論して、
「いやいや、博多までお願いしますよ」
重役さんもすかさず、
「分かった、じゃ大阪でいいだろ?」
こんなスリリングな値段交渉もあったのだ。

『消費』についての講演を聞く機会があった。
さすが、専門の先生のお話は実に分かりやすかった。
「宅配のピザを頼んだとします。
 電話で注文しますよね。
 その時点で、売買契約というのが成立します。
 ピザが届いて、『気が変わったから、いりません』とか、
 『お金がないから、キャンセルします』というのは
 契約違反になります。
 お金は、払わなくてはなりません」

講演を聞いてから数日後、某市役所から電話があった。
「今度のパーティの担当者ですが、
 小石さんにはぜひ参加していただきたいと思いまして。
 で、ご挨拶ならびに、ちょっと、
 見せていただきたいと思いまして」

僕はふむふむとお話を聞きながら、
ピザの宅配の話を思い出していた。
担当者は僕にパーティの日時を伝え、出演を依頼している。
つまり、この時点で売買契約が成立するのではないか。
パーティ当日、僕はマジック道具を携えて会場入りする。
この時点で、担当者さんは
僕の芸を買わなければならないのだ。

だが、念のため、僕は担当者に訊ねてみた。
「承知しました。
 で、出演料はいかほどでしょうか?」
ところが、担当者は驚いたように、
「えぇっと、上の者と相談をいたしますが、そのぉ、
 ちょっと、またお電話します」

数日後、再び電話があった。
「あのぉ、やはり、そういった支払いは
 できないということになりまして。
 小石さんには、パーティに参加していただいて
 マジックを見せてもらえたら
 盛り上がるなぁと思っただけで」

僕はただのマジシャンです。
でも、ただ者ではないと思いたいです。
そこんところ、よろしく。

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2013-11-10-SUN
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